31.迷いの果て
「クラトス!」
ノイシュが指輪をくわえてクラトスの元へ運んだ。クラトスは指輪を受け取ると、 無理やりアンナの指にはめようとした。
「さわらないで!」
アンナは必死にていこうする。これ以上 彼の優しさにふれれば、自分の全てが折れてしまいそうだった。
「指輪をつけろ!」
「いやよ!」
アンナは、クラトスの手をふりほどいてにげた。
「アンナ!」
小屋の外に飛び出したアンナは、そのまま まっすぐ森の中へとかけこみ、 目の前を大きな岩がふさぐ場所へ来たところで、どちらへ行こうか迷った瞬間、 追って来たクラトスにつかまってしまった。
クラトスは、つかんだうでを引きよせると、アンナを胸の内にだきしめた。 思いきり、強く・・・・・息もできないほどに。
「・・・・・!」
アンナは苦しくて身をよじったが、クラトスは、さらに力をこめて、彼女の耳元でささやいた。
「・・・・・聞け!このままでは、命があぶない。たのむから、指輪をつけてくれ! 私は・・・・・おまえを失いたくないのだ・・・・・アンナ!」
「・・・・・!」
へなへなと、アンナの体から力がぬけていく。クラトスがしっかりと彼女を支えていなければ、 自分の体は、そのまま地面にとけて消えてしまったのではないかとアンナは思った。
アンナがおとなしくなったすきをみて、クラトスは、彼女の意思を確認せずに指輪をはめた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
アンナの体から、しびれるような痛みが消えていく。
体が楽になって 長い、長い息をはくと、次は、こみ上げた熱い思いが胸いっぱいに 広がって彼女の呼吸を乱した。
「クラトス・・・・・クラトス!」
アンナは、かすんで見えない視界の先にいるクラトスに手をのばした。 細い指に、 さらりと赤い髪がふれる。ぼやけたクラトスの顔は、どこか困っているように見える。
アンナは、こみあげる思いを伝えようと、彼のほほに口づけた。クラトスが かすかに身じろぎしたが、アンナは、とめどなくあふれるなみだをふこうともしないで、 何度も何度も、クラトスの顔中にキスをした。
ほほに、ひたいに、まぶたに・・・・・そして、くちびるに。
「・・・・・アンナ」
クラトスは、かすれる声で言った。
「すまなかった・・・・・私は・・・・・っ!?」
ふいに、アンナの背後に人の気配を感じたクラトスは、頭上高くふり上げられた光る刃を目にして息をのんだ。
「アンナ!あぶない!!」
とっさにアンナをかばったクラトスが相手に背中を見せる。次の瞬間、にぶい音が辺りにひびき、 まっ赤な血潮が飛び散った。
「きゃああああっ!クラトス!?」
アンナは、くずれ落ちる彼の体を必死で支えた。背中にまわした手に、ぬるりと熱いものがふれる。 クラトスの様子を確かめたかったが、目の前に立つ男が、アンナの意識をうばっていた。すらりと長身の、 すずしげな顔をした男だ。
「・・・・・あなたは・・・・・・・・・・だれ?」
アンナは、相手を見つめてたずねた。男は、ひどく殺気だっているが、どこか気づかうように クラトスを見ている。
男は、長い青い髪をかきあげると、細身には似合わない、大きなダブルセイバーをふりあげてかまえた。
「・・・・・おまえこそ何者だ?堅物のクラトスをかどわかすとは・・・・・いにしえの魔女か?」
「アンナ・・・・・」
クラトスが、荒い息をつきながら、彼女を守ろうと体を起こした。
「ダメよ!」
アンナはクラトスの体をおさえると、おおいかぶさるようにして彼を守ろうとした。
男の声が低くひびく。
「・・・・・どけ。 女・・・・・貴様を先に切るぞ!」
アンナは、正面から男をにらんで言った。
「・・・・・悪いけど、簡単に切れると思わないで。さしちがえるかくごで来なさい!」
ふわり・・・・・アンナの背中から光る羽がのびた。
次の瞬間、空一面にまぶしい光が走り、天からふり注ぐ光のかたまりを見た男は、目を見開いてさけんだ。
「詠唱なしで、上級天使術だと!?バカな・・・・・!!」
男は、光がふり注ぐ前に、マントをひるがえしてその場から消えた。
男のいた場所が、光のドームに包まれて、はじけた。そして、雪のように細かくなった光が、 アンナとクラトスの体の上に きらきらとふり注いだ。
「・・・・・なに、これ・・・・・今のは・・・・・一体・・・・・」
アンナは、何が起こったのか理解できなくてぽかんとしてしまったが、 低くうめいたクラトスの声でわれに返ると、急いで顔をのぞきこんだ。
「クラトス!クラトス?しっかりして!」
ゆさゆさとゆさぶるが、返事はない。
「どうしよう・・・・・どうしたら・・・・・そうだ!」
アンナは、迷わずクラトスの傷口に手を当てた。
「アンナ!何をするの?」
ノイシュが心配そうに声をあげる。
「本で読んだことがあるの。死にかけた人が、他人のマナを分けてもらって生き返ったってお話 ・・・・・やったことないけど!」
「ええっ?だ、だいじょうぶなの?」
「大丈夫じゃなくてもいい!」
「そんな!」
ノイシュは、泣きそうな声をあげてアンナを見ていた。
「心配しないで。わたし、これでも 再生の神子になれる資格は持ってるんだから・・・・・」
そう言いながら、アンナは、自分自身にいのった。
(お願い、わたし・・・・・がんばって!!)
傷口に当てたアンナの手から、プラチナ色にかがやく光が生まれた。優しくあたたかい色の光が、 クラトスの傷口をいやしていく。
ノイシュの見守る前で、みるみると傷口がふさがり、大きく息をすったクラトスが、顔をしかめてうめいた。
「クラトス!」
ノイシュが声をあげると、クラトスは、自分の力で体を支えて、ゆっくりと目を開いた。
「・・・・・クラ・・・・・トス・・・・・」
小さくつぶやいたアンナが、彼の胸にぐらりと身を投げ出す。
「・・・・・アンナ?」
アンナは、ぐったりとしたまま動かなかった。
「クラトス!アンナがマナを分けてくれたんだよ!だけど、今度は、アンナがたおれちゃった!」
「いかん・・・・・マナを使いすぎたのか・・・・・!」
クラトスは、アンナが息をしていることを確めた。
「アンナ、アンナ〜!」
「静かにしろ、ノイシュ!心配は無用だ。今、マナを返す!」
クラトスは、取り乱すノイシュにそう言うと、すぐさま、アンナのくちびるに自らの口を押し当てた。
口のはしから、きらきらとかがやくマナがこぼれ落ちる。クラトスの深い青いマナと、 アンナのプラチナ色のマナが混ざり合ったそれは、まるで明るい空の色みたいだとノイシュは思った。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |