5、マナ
「・・・・・あれ?」
木々の合間を通り、草を分け進んでいたノイシュとクラトスが、同時に足を止めた。
「クラトス〜。あの子の気配が消えちゃたよ!」
ノイシュが、今にも泣きそうな声をあげた。
クラトスもじっと考えこんでいるようだったが、しばらくして、ぽつりとつぶやいた。
「・・・・・死んだ・・・・・か」
その言葉を聞いたノイシュが、あわててクラトスの背中に頭をおしつけて、後ろからぐいぐいと押した。
「たたたた、たいへんだよ〜!クラトス、いそいでっ!!!まだ、ニオイが残ってるから!」
「・・・・・なぜ、そんなにあの女を気にするのだ?あれは、人間牧場からにげてきたのだぞ」
クラトスは、ノイシュに言い聞かせるように言った。
人間牧場。それは、ディザイアンとよばれるハーフエルフたちが、罪もない人間を集めて おそろしい実験を行っている場所だった。そこで何が起こっているのか人間たちには知られていないが、 クラトスは、すべてを知っていた。
そこで行われている事こそ、彼の心に、いかりと悲しみと、失望を与えているのだ。
ユグドラシル・・・・・・・・・・・・
クラトスは、かつての弟子であり、仲間であり、はるか昔、同じ目標を持って共に歩いた 一人のハーフエルフを思った。
「・・・・・ラトス。クラトスったら!」
ノイシュが、今度はクラトスのうでをくわえて引っぱっていこうとしている。 我に返ったクラトスは、やれやれとため息をついた。
「・・・・・仕方あるまい・・・・・むごいことになっていなければよいが・・・・・」
再び歩き始めたノイシュの後に続きながら、クラトスは、胸の奥で痛む何かを、知らず知らずのうちに おし殺そうとしていた。
(ユグドラシル・・・・・お前は気づいているのか?その願いのために、 どれだけ多くの苦しみが生まれているかということを・・・・・・・・・・・・)
クラトスは、人間牧場を作ろうと言い出したユグドラシルと対立して、 一人で地上に降りたのだった。牧場や、おそろしい実験自体はユグドラシルの部下が 言い始めたことなのだが、決定を下したユグドラシルに失望したのだ。
地上に降りて、牧場から脱走した人間にも何度も出会ったが、 みんな、追っ手にかかって殺されるか、あるいは呪いにかけられ、 やがては苦しみぬいて死んでいくのだった。
(・・・・・これが、お前の目指した世界なのか?これでは、何も変わらんではないか。 多くの人が苦しみ、傷ついた大戦時代と・・・・・・・・・)
「あっ!」
地面に鼻をこすりつけて、けんめいに においを追っていたノイシュが、急に大きな声をあげて立ち止まった。
どうしたと声をかけようとして前方に目をやったクラトスも、 ノイシュと同じ光景を見たとたん、言葉を失ってしまった。
目の前の大きな古い木の根元に、アンナが横たわっていた。 その周りに、白くかがやく光がたくさん集まって、彼女の全身を包みこんでいる。
「あれは、守護結界だな・・・・・だから気配が消えたのか・・・・・ノイシュ!?」
クラトスが止めようとしたが、ノイシュは聞かずに走り出した。そして、アンナの側へ行って、 結界に鼻をつっこむ。
「ノイシュ! あぶない!」
完成された結界の中に入れば、ただではすまない。クラトスは あわてて友にかけよったが、 返ってきたのは、うれしそうに笑うノイシュの声と、どっしりと重い二本の足だった。
「クラトス、生きてる! この子、生きてるよぉ〜!」
「そうか・・・・・それは良かったな。しかし・・・・・」
クラトスは、かたに置かれたノイシュの前足をつかんで下ろすと、じわり、と、アンナに近づいた。
結界は、見る限り完ぺきな形をとっていた。そこから発するマナはとても強く、 ふつうなら、ふれただけで大ケガをするはずだ。
「一体・・・・・どういうことだ?」
「なにがぁ〜?」
ノイシュは再び結界に頭を入れると、平気でアンナの手足の傷をなめ始めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
クラトスは、胸元から短剣を取り出すと、警戒(けいかい)しながら、ゆっくりと、刃先を光に近づけた。
はね返されるかと思った剣先は、あっさりと光の壁(かべ)を通り抜けた。
「・・・・・なんだ、これは・・・・・?」
指先をそっと光に近づける。確かにマナの力を感じるが、それは、 すべての物をこばむ壁というよりは、木や動物のように、ただ、 そこに存在する力が集まって形を作っているように思えた。
指先が結界にふれる。光はとてもあたたかく、優しい力に満ちていた。
(何かに、守られているのか・・・・・)
不思議な少女だ。クラトスは、しばらくの間、こんこんと眠り続けるアンナの顔をながめていた。 しかし・・・・・・・・・・
「うう〜ん・・・・・」
寝返りを打ったアンナの胸元にぴったりとはりついた石を見たとたん、クラトスの顔が、一瞬にしてくもった。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |