27.アンナの願い
小さな白い花が、ゆっくりと開いた。
アンナは胸の前で手を合わせると、声に出してはっきりと言った。
「どうか、この星に生きているすべての人が、苦しんだり、悲しんだりしない世の中を作るために ・・・・・・・わたしの中にある、あきらめの気持ちがなくなりますように・・・・・・・」
(・・・・・・・アンナ・・・・・・・なんという女だ・・・・・・・・)
クラトスは、アンナの願いに圧倒(あっとう)された。
かつてクラトスが願ったのは、戦争の終結、ただ、それだけだった。それも、どこにいるかもしれない、 誰かも分からない何かに願ったのだ。
しかし、アンナはちがった。彼女は、自分の中にいる自分を、願うという形でいましめていた。 願いをかなえるのは結局は自分なのだと、彼女は知っているのだ。
他人任せにはしない強い信念。どうすればこれほど強くなれるのか、クラトスには想像もつかなかった。
アンナが何度か同じ願いを口にしている間に、白い花は、しわしわと花びらをとじて、くしゃくしゃとかれた。
すっかり花がかれた後も、アンナは、しばらくの間、じっと花を見つめていた。
そして、ふわりとほほをなでる冷たい風を受けて我に返ると、アンナは、ゆっくりとふり向いて笑った。
「ありがとう、クラトス。・・・・・・・終わったわ」
「・・・・・・・なぜ」
つい、クラトスはつぶやいていた。
「なぜ、そこまで強くなれるのだ?」
「強い・・・・・・・?」
アンナは、クラトスの聞きたいことがよく分からずに首をかしげた。自分が強いなど、思ったことがないからだ。
「強いかどうか・・・・・・・分からないけど、ただ・・・・・・・そうね。やっぱり、 限られた命だから、残された時間をムダにしたくない・・・・・・・いつでも、そう思ってるわ」
「限られた命・・・・・・・」
クラトスがつぶやいた。
「そうよ。短い命だからこそ、せいいっぱいかがやける。そして、誰よりもやさしくなれるんだと思うわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
そうかもしれないとクラトスは思った。かつての自分ではとうてい認められない思考に、 とまどいを覚えながら・・・・・・・・・・
(私も・・・・・・・共に歩める時が来るのだろうか・・・・・・・彼女と、同じ時間を・・・・・・・)
クラトスは、死ぬことを許されない我が身を思った。
(しかし、もし、再び世界に平和がおとずれる日が来るのなら・・・・・・・私は・・・・・・・)
アンナと生きたい。そして、彼女と共に年を重ね、やがては土にかえるのだ。 生まれ来る、未来の希望を残して・・・・・・・
それは、夢物語だ。クラトスの思考は冷めていた。しかし、アンナの横顔を見ていると、 もしかしたらという希望が心いっぱいに差しこんで消えない。
クラトスは、すっかりかれてしまった不死花草を見て、あせばむ手のひらをにぎりしめた。
不死花草。それは、一度かれても、次の満月がくれば必ず花をさかせる習性から名づけられたのだ。
(・・・・・・・私も・・・・・・・この花のようになれれば・・・・・・・)
「・・・・・・・フ」
「なあに?」
アンナが静かに先をうながす。クラトスは、目をふせて言った。
「・・・・・・・いや。なんでもない」
「ふうん?」
アンナは あいまいに返事すると、そろりそろりと がけの下をながめて言った。
「ねえ。もう、もどらないと・・・・・・・ノイシュが心配してると思うわ」
「・・・・・・・そうだな」
(・・・・・・・でも、どうやって?)
アンナは、後のことを考えていなかった自分を反省した。
(クラトスは飛べるからいいけど・・・・・・・たのめば、連れて行ってくれるかしら。 だけど、一度は断られそうね・・・・・・・)
「・・・・・・・行くぞ」
ふいに、低い声が かけられた。
ふり向いたアンナは、差し出された大きな手を見て目を見開いた。
「・・・・・・・連れて行ってくれるの?」
「飛び下りた方が早いがな・・・・・・・いやなら・・・・・・・」
「行く!ありがとう!」
アンナは、正面からクラトスにだきついた。
「せ、背中にまわってくれないか・・・・・・・この姿勢では・・・・・・・」
「いやよ!これがいい!」
クラトスは、しっかりとだきついてはなれないアンナのどこを支えたら良いのか 分からずに困っていたが、やがて、思いついたように背中とひざのうらをかかえると、 青い羽を広げて空へと飛んだ。
「うわあ〜!すごい!きゃ〜っ!」
アンナは、きょろきょろと あちこちをながめて大さわぎしていた。
「・・・・・・・少し、だまれないか?」
「むり〜!たのしい〜っ!」
アンナは、高潮したほほをいっぱいにゆるめて笑った。
クラトスは、それ以上何も言わず、しばらくの間、月へ向かって高く飛んだ。
しばらくしておとなしくなったアンナが、月をながめてつぶやいた。
「・・・・・・・いいな、クラトスは羽があって。・・・・・・・わたしも、ほしいな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
クラトスは、答えなかった。
アンナはじっと月を見ていたが、ふいに、クラトスの胸に顔をうずめると、 首にまわした細いうでに力をこめてつぶやいた。
「・・・・・・・クラトス・・・・・・・ありがとう。・・・・・・・・・大好きよ」
そう言って顔を上げると、クラトスは、おしだまったまま、どこか遠くを見すえていた。 その瞳には月の光が映るばかりで、反応は まったく読み取れない。
少しふくれたアンナは、彼の耳元でそっとささやいた。
「・・・・・・・お礼、しても・・・・・・・いい?」
一瞬、アンナをだく手に力が入った。
クラトスは、前を向いたまま、低い声で言った。
「・・・・・・・手をはなすぞ」
「きゃあ〜。ごめんなさい!」
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |