アンナ〜出会い

30.決断


「ねえ、クラトス。アンナの発作は、のろいじゃなかったんだね。じゃあ、のろいはどうなったの?」

二人の話を聞いていたノイシュが、首をかしげて言った。

「人間牧場を脱走した者にかかる呪いは、エクスフィアに連動した力だと聞いたことがある」

アンナは、クラトスの説明を静かに聞いていた。

「後悔(こうかい)や恐れといった、人間の負の感情が、呪いを引き起こすという話だ」

「こうかいや・・・・・おそれ」

アンナが、ぼんやりとつぶやいた。

クラトスは、アンナを見て口のはしを上げた。

「その点、おまえは、脱走を少しもくいていない。ディザイアンに対する恐れもうすい。 だから、呪いが発動しないのではないか?」

「・・・・・へえ」

言われて感心するアンナに、ノイシュが心配そうに言った。

「ねえ、アンナ。こわくないの?ディザイアンとか、のろいとか!」

「こわい?・・・・・う〜ん・・・・・別に」

アンナは、ノイシュの鼻に、自分の鼻をくっつけて笑った。

「もし、こわいことがあるとしたら、それは、自分が自分に負けちゃう時・・・・・かな」

クラトスは、ふっと目を細めて言った。

「・・・・・フ。その強さが、おまえの武器なのだな」

「わ!ほめられちゃった♪」

「めずらし〜!」

はしゃぐ二人を前に、クラトスは、少し言いにくそうに切り出した。

「それで・・・・・その・・・・・要の紋についてだが・・・・・」

「知ってるわ。これをつけている限り、わたしのエクスフィアは完成しないんでしょう?」

クラトスは、アンナの瞳にうなづいてみせた。

「そうだ。それは、おまえの望みに反していることだ。だが・・・・・私は・・・・・」

クラトスは、その先をためらった。軽い口約束とはちがう。 言ってしまえば二度と後には引けないという思いが、彼の心を迷わせた。

(・・・・・私は・・・・・!)

「私は・・・・・おまえがエクスフィアに命をささげることを・・・・・よしとは思わない」

「・・・・・それで?」

アンナは続きをうながした。クラトスは、思いついた言葉を簡単に口にするような人物ではない。 この先に、本当に伝えたい、大切な何かがあるのだ。

アンナは、しんぼう強く次の言葉を待った。

じっと足元を見ていたクラトスが、ふいに顔を上げてアンナを見た。

「私は・・・・・おまえのエクスフィアを使わなくても、世界を平和にする方法に・・・・・心当たりがあるのだ」

「・・・・・本当?」

アンナは、最初は、おどろいた様子でそう言った。そして、しばらくして大きく目を見開くと、 がばりとベットから飛び起きてクラトスにつめよった。

「それ、本当なの?どうしたらいいの?やってみる!」

このような時まで自分で何かしようとするアンナに言葉を失ったクラトスだったが、 小さくため息をついて言った。

「いや・・・・・それは、おまえでは・・・・・無理だ」

「どうして?」

アンナは、クラトスにくってかかった。

「やってみないと分からないでしょ?あなたは、やってみたの?」

「・・・・・・・・・・」

「やってもいないことを、自信たっぷりに言わないで!あなたは、むかし失敗したかもしれないけど、 それは、むかしの話でしょう?今なら、同じ方法が通用するかもしれないし、新しい方法も、 生まれているかもしれないじゃない?」

アンナは、うっすらと目になみだをうかべて言った。

「まちがったお友達はどうなるの?助けてあげたいんでしょう?ちょっとは自分で頭を使ったらどうなの?」

アンナは、クラトスに意気地がないとは思わなかった。ただ、あまりに深く傷ついたのが原因で、 動くに動けなくなってしまった だけなのだ。それは分かったが、どうすれば本来の彼らしいクラトスにもどるのか、 アンナには分からなかった。

(クラトス・・・・・・・お願い・・・・・なにか言って・・・・・・・・・・)

クラトスは、だまったまま、何も言わなかった。

(クラトス・・・・・お願い!)

アンナは必死だった。本当は、クラトスと共に、彼の優しさにあまえて生きて行きたかった。

要の紋を手に入れて、彼の胸に飛びこむことが出来たら、どれだけ楽しくて幸せだろう。そう思った。

しかし、アンナの命は、彼女一人だけのものではなかった。

人間牧場で、アンナをにがすために命をかけてくれた たくさんの人々の顔が脳裏をよぎる。

エクスフィアの秘密をさぐり出し、神子の血を引く彼女に未来をたくした大勢の人たちの希望が、 これまでのアンナを支えてきたのだ。

(・・・・・クラトス・・・・・!!)

クラトスは、おしだまったまま、身動きひとつしない。

それが、彼の生き方なのか。

アンナは、希望が がらがらとくずれていく思いを味わいながら、後は、残された自分の思いを つらぬくしか方法がなくなってしまった。

アンナは、瞳をとじた。

(・・・・・わたしは、一人じゃない・・・・・わたしの命は・・・・・みんなのために・・・・・)

しかし、まぶたにうかぶのは、クラトスの姿ばかりだった。どこまでもまっすぐで、真剣で、 優しくて、あたたかい・・・・・・・・・・

(・・・・・ごめんなさい)

アンナの目頭が熱くなる。

(・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・・・・・)

アンナは、歯をくいしばって、こみあげるものを殺した。

(ごめんなさい・・・・・ごめんなさい・・・・・クラトス・・・・・・・・・)

アンナは、指輪に手をかけた。

(母さん・・・・・父さん・・・・・みんな・・・・・私に・・・・・勇気を!!)

意を決したアンナは、思いきって要の紋を外した。

「アンナ!!よせっ!」

クラトスが止めたが、アンナは、指輪を投げすてた。

「・・・・・わたし、やっぱり、あなたの力をかりるのはやめる。あなたがそんな弱気じゃあ、 もうひとつの方法っていうのも期待できそうにないもの。わたしは、これまで通り、自分のエクスフィアに未来をたくすことにするわ」

そう言ったところで、激痛がアンナの全身をおそった。

「きゃああああっ!」

「アンナ!」

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