22、取り引き
「・・・・・!?」
クラトスが、息をのんでアンナを見た。
アンナは、あわてて両手をふった。
「あ、心配しないで。長生きはしないから」
「・・・・・どういうことだ?」
たずねるクラトスの声には怒りがこもっていた。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。 アンナは、いのるような気持ちでクラトスを見た。
「ハイマで少し話したけど、わたしのエクスフィアが完成したら、あなたに使ってほしいの。 ・・・・・そして、世界中のみんなが仲良く笑ってくらせる世の中を作ってくれない?」
「・・・・・・・!」
「お願い!」
アンナは、深々と頭を下げた。
クラトスは、かえす返事もなく、言葉を失っていた。
(・・・・・どこまで強く、どこまで深いのだ・・・・・・・・・・マーテル・・・・・!)
クラトスの脳裏に、かつて、自分の命をかけて世界を救おうとした優しい女性の姿がうかぶ。 アンナは、まぎれもなく彼女の意志を受けついでいるのだ。
(・・・・・私は・・・・・・・・・・!)
クラトスの心が悲鳴をあげる。封印(ふういん)したはずの悲しみが、 苦しみがあふれ返って彼の心を傷つけた。
よろよろと目をふせたクラトスは、足元に向かって言った。
「・・・・・私は、はるか昔、同じ志を持った仲間と力を合わせて世界平和を目指した。 ・・・・・争いは静まったが、地上に住むすべての生き物が平等にくらせる世界は・・・・・作ることができなかった・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
今度は、アンナがだまってクラトスを見た。
「・・・・・それどころか・・・・・たったひとつのあやまちが、 取り返しのつかない悲劇(ひげき)を生んでしまったのだ。私が・・・・・救えなかったばかりに・・・・・」
「?・・・・・よく分からないけど、一人で背負いすぎてない? 平和って、わたしたち一人一人が努力して、みんなで作るものじゃないの?」
アンナの問いかけに、クラトスは苦笑した。
「フ・・・・・そうだな。・・・・・だが、あの時は・・・・・他に方法がなかった。 しかし・・・・・今となっては・・・・・あれのやっていることは・・・・・まちがっているのだ・・・・・」
「・・・・・今からでも、止められないの?」
「私には・・・・・無理だ」
消えるようにつぶやいたクラトスを見て、アンナは、はげますように言った。
「じゃあ、ぜひ、わたしのエクスフィアを使って!そして、 まちがえちゃったアレさんを止めてあげて!仲間なら、やらなくちゃ!・・・・・ねっ?」
「・・・・・・・・・」
「今、できないことでも、明日になったら出来るかもしれないでしょ?」
クラトスは、アンナの言葉にじっと耳をかたむけていた。そして、 しばらくして、自嘲的(じちょうてき)に笑って言った。
「・・・・・すまない。ぐちをこぼしてしまったな」
「いいわよ、そんなこと。いつでも聞いてあげる」
そう言って、アンナは両手を広げて笑った。
「・・・・・なんだ?」
「もう、ニブイわねえ。ここは、ラブシーンでしょ?」
一瞬、目を見開いたクラトスの動きが止まった。しかし、 さすがにアンナの性格が分かってきたのでこれも冗談(じょうだん) にちがいないと思ったクラトスは、しぶい顔をしてぶっきらぼうに言った。
「・・・・・話は終わりだ。食事がさめるぞ!」
「あらら。あんまり通用しなくなってきたわね。ウブなところが かわいかったのに・・・・・」
アンナは、ころころと明るく笑ってノイシュに言った。
「アンナ〜、あんまりクラトスをいじめないでよ。クラトスはね〜、彼女いない歴4千年なんだから」
「!!!」
思わずはしを落としたクラトスだったが、アンナは、ノイシュをたたいて大笑いした。
「なにそれ、おもしろ〜い!あはははは!ノイシュ、最高!」
クラトスは、それ以上しゃべってくれるなと心の中でさけびながらノイシュをにらみつけた。 しかし、ノイシュは、まったく気づく様子がない。
クラトスは、なんとか話を変えようとして口を開いた。
「さきほどの、取り引きの話しだが・・・・・」
「うん?」
アンナが、笑うのをやめてクラトスを見た。
「・・・・・一晩、考えても・・・・・いいか?」
「わかったわ」
アンナは、花がさきこぼれるように笑った。その笑顔があまりにもまぶしくて、クラトスは思わず目を細めた。
やはり・・・・・
ずっと、この笑顔を見ていたい。クラトスはそう思った。
しかし、クラトスは、大事なことを、まだ彼女に伝えていなかった。
それを話さなければ、自分は一生後悔(こうかい)するだろう。そうは思うが、 今、それを切り出す勇気はなかった。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |