アンナ〜出会い

6、二人の選択


「・・・・・ノイシュ。行くぞ」

「えっ?」

思いもしない言葉を聞いたノイシュは、目をまるくしてクラトスを見た。

しかし、クラトスは、顔色ひとつ変えずに、たんたんと言った。

「その中途半端(ちゅうとはんぱ)な結界がある以上、追っ手も簡単には発見できないだろう。 幸い、命もあるようだし・・・・・な。これ以上、ここに用はなかろう」

クラトスは、早くもノイシュに背を向けて歩き出した。

ノイシュも、いつもの彼なら、おとなしくクラトスの言葉に従っただろう。

だが、ノイシュは、今だけは、どうしても納得がいかなかった。 二人がここまで来たのは、彼女を助けるためではなかったのか?

ノイシュは迷ったが、思いきってその場にふせた。

「イヤだ!置き去り反対!せっかくここまで来たのに・・・・・助けてあげようよ〜!」

「・・・・・?」

ノイシュから遠のく足が止まり、今度は、クラトスが、おどろいた顔をしてふり向いた。

「・・・・・どうしたのだ、ノイシュ?他人になつかぬお前が、めずらしいな」

「だって・・・・・・・・・・」

ただ、この女の子とはなれたくないと思ったノイシュは、 その気持ちをうまく言葉にできなくて、もごもごと口ごもった。

「だって・・・・・この子、ボクのこと、ヘンな目で見なかったし・・・・・ それに・・・・・それに、ボクのこと、あなたって言ってくれたし・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

やれやれ。口からもれなかったが、クラトスがあきれているのは、ノイシュにもよく分かった。

クラトスは、念をおすように言った。

「人間牧場から脱走するやからはめずらしくない。いちいち助けていては、 こちらの身がもたんだろうが。それに・・・・・」

そこで、クラトスは いったん言葉を切った。

「・・・・・それに、私も追われている身だということを、忘れてもらっては困るな」

ぴんとのびたノイシュの耳が、空気のぬけた風船のように、しゅーっとたれていく。

それは、ノイシュにだって分かっていた。かつての仲間をうらぎる形でにげだしてから、 二人は、ずっと追われているのだ。

何度も危ない目にあったし、その度に、力を合わせてピンチを乗りこえてきたのだ。

だからこそ、ノイシュは、よけいに彼女を助けたかった。

どうすればいいのか・・・・・しばらく考えたノイシュは、思い当たった言葉を口にした。

「じゃあ、クラトス一人で行って。ボクは・・・・・ここに残るから!」

いつもは仲の良い二人が、これだけ意見が合わないのは、 共に旅をするようになってから初めてのことだった。

「・・・・・・・・・・・・・」

クラトスは、身動きひとつしないで、じっとノイシュを見ていた。

その赤い瞳からは何の感情も読み取れないが、本当は、おどろいて言葉を失っているということは、 ノイシュには分かっていた。

クラトスは、しばらくして深いため息をつくと、口のはしを片方だけ上げて言った。

「・・・・・勝手にしろ」

勝手にしろ。それは、好きなようにしたら良い、ということだっだ。4千年という長い間生きていても、 クラトスはちっとも言葉がうまくならないと思ったが、ノイシュは、それは言わないことにした。

それっきり、クラトスは一度もふり返らずに去って行った。ノイシュはその場にじっと座ったまま、 クラトスが見えなくなるまで見送り続けた。そして、ノイシュのよく聞こえる耳にも足音が聞こえなくなってから、 ようやく、ノイシュは、のそりと動いた。

アンナは、あいかわらず気持ち良さそうに眠っている。

ノイシュは静かにゆっくりねそべると、アンナの小さな体を守るように、そっと、優しくよりそった。

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