10、語らい
「・・・・・・・・・・」
なぜ、こんなことになったのだろう。こんな予定ではなかったはずなのに。 そう思いながら、クラトスは、勢いよくリゾットをかきこむアンナを横目で見ていた。
(・・・・・見たところ、彼女は、まだエクスフィアにおかされていないようだな・・・・・日が浅いのか?)
アンナの表情はとてもいきいきとして、感情もはっきりと読み取れる。 しかし、クラトスは、アンナの胸元に光るエクスフィアを確かに見た。 人間牧場へ連れて行かれた人間が全員つけられる、要の紋(かなめのもん)のないエクスフィアだ。
エクスフィアは、はだに直接つけると、その人の持つ力を最大に引き出してくれるという効果がある。 しかし、要の紋があっても ふつうの人間にあつかえる物ではないし、まして、要の紋のないエクスフィアは、 人間の体にとって毒でしかないのだった。そして、一度取りつけられたエクスフィアは簡単には外せないという こともクラトスは知っていた。
(しかし・・・・・)
アンナをながめていたクラトスの口から、思わず言葉がもれた。
「・・・・・よく食べるな」
きっとお腹がすいていると思ったから5人分作ったのだが、アンナは、すでに3ばい目をたいらげ、 残念そうに空っぽのなべをのぞきこんでいた。
クラトスは、まだ手をつけていない自分の皿を差し出して言った。
「・・・・・食べるか?」
「えっ!・・・・・いいの?」
いいのかとたずねながら、すでにアンナの手がのびている。 クラトスが皿をわたすと、アンナは、とてもうれしそうに笑って言った。
「ありがとう!」
そして、えんりょのかけらもない様子で4はい目のリゾットを食べていたアンナの手が、ふいに止まった。
「・・・・・?」
クラトスとノイシュが同時に見ると、アンナは、胸元をおさえて目を白黒させている。
「・・・・・つまったのか?」
あきれたクラトスが水の入った皮ぶくろを投げてやると、アンナは片手で受け取って、ごくごくと水を飲んだ。
「ぷは〜!また死ぬかと思ったわ・・・・・ありがとう!」
やっと息が出来るようになったアンナは、クラトスへ皮ぶくろを投げて返した。
「まったく・・・・・落ちつきのない女だな」
「アンナです!」
「・・・・・・・・・」
クラトスはアンナに聞こえない小さな声で言ったつもりだったが、ぴしゃりと返されて言葉をつまらせた。
(そうか・・・・・エクスフィアをつけていたな・・・・・)
アンナは、エクスフィアで身体能力がアップしているから耳も良いのだ。
それにしても、なぜ、アンナが自分の名前を知っているのだろう。その理由を知りたいと思ったが、 必死に残りのリゾットを食べる様子を見ると、しばらくそっとしておいた方がよいとクラトスは思った。
そして、米つぶひとつ残さずにお皿を空にしたアンナは、満足げにため息をつくと、 ゆっくりとお皿をひざの上に乗せて、胸元で両手を合わせた。
「ごちそうさまでした♪」
それから、アンナは、クラトスを見て笑った。
「とってもおいしかった!クラトス、ありがとう!明日は、ハンバーグがいいなあ♪」
「なあ・・・・・?」
突然の話の展開についていけなかったクラトスが目を見開くと、ノイシュが笑いながら言った。
「クラトス、作ってあげなよ〜」
「そうよ。作ってあげてよ〜」
アンナも、ノイシュの口調をまねて言う。それで初めて、クラトスは、 アンナが自分の名前を知っていたわけに気がついた。
「おまえは・・・・・ノイシュの言葉が分かるのか?」
「うん!」
アンナは、きらきらと光る瞳をまっすぐクラトスに向けたまま、当然だというように大きくうなづいた。
「・・・・・・・・・・」
クラトスは、どうも居心地がよくない気がして目をふせた。アンナと話していると、 なぜか自分のペースが乱される。どこか調子がくるうというか、何かが、いつもとちがうのだ。
アンナのペースに乗せられてばかりいることを少なからず苦々しく感じたクラトスは、できるだけ冷静に、 そして、高圧的に言った。
「ところで、この結果を張ったのはおまえか?」
「おまえじゃありません。アンナです!」
「・・・・・・・・・・」
クラトスは次の言葉につまったが、とまどう気持ちをかくすように、ぶっきらぼうに続けた。
「どこで覚えたか知らんが、そまつなものだな。ただの目くらましだ。なんの抵抗(ていこう)もなく入れたぞ」
「へえ・・・・・」
アンナは おどろいたように目をまるくして、それから、なぜか、うれしそうに笑った。
またしても予想外の反応に言葉をつまらせたクラトスの横から、ノイシュが口をはさんできた。
「あのねー、この結果は、ふつうのとちがって、完全にシャットアウトじゃないんだって。 アンナに敵意のない人は入れるんだってさー」
「何・・・・・?」
そのような結界があるという話をこれまでに聞いたことのなかったクラトスは、半信半疑でアンナを見た。
アンナは、かたをすくめて言った。
「実はね・・・・・わたしの力じゃないの。木や、大地や、風が、力をかしてくれるのよ」
「・・・・・おまえは・・・・・」
人間ではないのか。クラトスはそうたずねようとしたが、その言葉は、ふいに送られたアンナのウインクによってかき消されてしまった。
「クラトスが結界の中に入れたのは、きっと、お昼間のキスのおかげね♪」
「・・・・・!」
どきり。一瞬、クラトスの心臓が強くはねた。目の前の景色がぐらりとゆがむ。息をしようとしても胸には空気が入らず、苦しくなったクラトスは、いてもたってもいられない気がして、思わず地面をけっていた。
「クラトスって、かわいいのね〜♪」
アンナは、飛び去るクラトスの月明かりにきらきらとすける青い羽をながめながら笑って言った。
「女の人にメンエキがないんだよー。若い時から、ずっと戦ってばっかりだったから」
ノイシュがクラトスをかばうように言うと、アンナは、思い出したようにたずねた。
「ねえ、ノイシュ。クラトスの国の人って、みんな羽が生えてるの?」
「うーん・・・・・そうだね。うん。みんな、生えてるかな」
「へえー・・・・・いいなあ」
本当にうらやましそうにアンナがため息をついた時、突然、アンナは両手で胸元をおさえると、音もなくその場にくずれ落ちた。
「あ、アンナッ!?」
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |