1、ふたつの影
どこまでも高く青い空に、うっすらとのばしたように かすんだ雲が広がっている。
たえまなく吹く風に力はなく、ヒュウヒュウと悲しい声をあげながら、かわいた土に吸いこまれて消えていく。
あれた大地は赤いはだをさらしたまま、ただ、成すすべもなく沈黙(ちんもく)していた。
そこに、二つのゆらめく影があった。
生きている者がいるとはとても思えない。それほど深くけわしい谷の底にこしをおろしているのは、 一人の男と、大きなけものだった。
男の赤い髪が風に吹かれてほほを打つ。側にうずくまった白いけものは、 男の倍はありそうな大きな体を小さく丸め、自分のお腹に鼻を差し入れてじっとしている。
旅の途中だろうか。
それにしては、それらしい荷物は見当たらないし、道もない、けわしい谷を通る旅人などいない。 第一、男の服装は、旅人の物とはとても思えなかった。
かっちりした白いスーツには、あちこちに豪華(ごうか)なししゅうがぬいこまれ、 体中にかざりたてられた皮のベルトは一目見て質が良く、今から、一国の王に会うといっても はずかしくないほどの立派な身なりだ。
そして、男の左わきにある大きな剣。その細かく美しい細工がほどこされた「さや」や「つか」を見ても、 剣の持ち主が ただの旅人ではないことが分かる。
騎士・・・・・。
男を見たら、誰もがそう言うだろう。
男の顔は・・・・・長い前髪にかくれてよく見えない。ただ、時おり風に流される髪の合間からのぞく横顔は とても整っていて、年も若いように見えた。
男は、すらりと長い手足を折り曲げて座ったまま、身動きひとつしなかった。
まるで、あたりの岩にとけこんで、ひとつになってしまったかのように・・・・・。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |