アンナ〜出会い

9、結界


クラトスは、月の明かりを受けながら、森のはるか上空を飛んでいた。 低い場所を飛ぶと追っ手に見つかってしまう危険があるからだが、 遠くまでよく見える天使の目を持っていてもなかなか見つからない目的地に、クラトスは首をかしげた。

「おかしい・・・・・確かに、この周辺なのだが・・・・・」

クラトスは、以前にノイシュと二人で訪れたことのある山小屋を探していた。 上空から見ると、うっそうとした森の中に、ぽつんとまるく見える地面が目印だったのだが・・・・・・・・・・

「・・・・・どうしたというのだ?」

クラトスは高度を下げると、用心深く森の中に降り立った。 森は、月の光をまったく通さず、天使の目を持つクラトスでなければ足元も見えないほど真っ暗だ。しかし、それも、いつもと変わった様子はない。

クラトスは、一歩ずつ、警戒(けいかい)しながら、山小屋があった場所へと足を進めた。

しばらく進むと、とつぜん、白いけむりがクラトスの周りを取り囲んだ。

「・・・・・!?なんだ、これは・・・・・」

目をこらすと、目の前に、大きくて広い光の壁(かべ)があった。

「結界か!」

それは、クラトスが、自分ではとても作れないほど巨大な結界だった。 これがじゃまをして、空から小屋が見えなかったのだ。 この広さだと、おそらく結界は、小屋の周りをすべて守っているにちがいなかった。

「またか・・・・・一体、あれは何者なのだ・・・・・?」

クラトスがそうつぶやいた時、とつぜん、森の奥で女の悲鳴がひびいた。

「ちっ!」

クラトスは、とっさに目の前の結界へ飛びこんだ。 うでを顔と心臓の前にかざして、全身で壁をぶちぬくつもりで・・・・・

「・・・・・・・・・・っ!?」

しかし、そこに壁はなかった。クラトスは、受け身をとった姿勢のまま、 白いけむりをなんなく通過して着地した。

「・・・・・な・・・・・なに・・・・・?」

おどろいたクラトスが前を見ると、そこには、まったく新しい光景が広がっていた。

目と鼻の先に、あれほど探して見つからなかった山小屋があった。 ふり返って見ると、そこには うっそうとした暗い森が広がっていて、 光の壁どころか、白いけむりのかけらも見えない。

「一体、何が、どうなっているのだ・・・・・?」

一瞬、頭が混乱しそうになったが、悲鳴の原因をつきとめるのが先だと思い返したクラトスは、 山小屋の中を目指して走った。

しかし、小屋の中へ入るまでもなかった。小屋の前に着くと、そこには、 目をまるくしてクラトスを見つめる二人がいた。ノイシュとアンナだ。

クラトスも、二人を見て、あっけにとられてしまった。

ノイシュとアンナは、小さな空き地でなべを火にかけ、なにやら料理をしているようだった。 その様子は あまりにもなごやかで、悲鳴をあげるような せっぱつまった風には見えない。

(・・・・・こ・・・・・これは・・・・・?)

もともと、様子を見るだけで、二人の前に姿を現すつもりのなかったクラトスは、次の反応に困ってしまった。

アンナも、目の前で立ちつくしているクラトスをぽかんと見ていたが、 ぶすぶすとけむりを上げるなべのにおいで我に返ると、ほっと安心した様子で言った。

「クラトス!ちょうどよかったわ。お願い。助けて!」

「なぜ、私の名を・・・・・?」

「いいから、早く!」

アンナは、名前を呼ばれておどろくクラトスをまったく気にする様子もなく、 彼のうでをがしっとつかむと、ものすごい力で なべの方へ引っぱっていった。

クラトスが中をのぞいて見ると、そこには、黒くすすけたこげがびっしりとつまっていた。 よくよく見ると、まだ、かろうじて形の残っているニンジンと、ジャガイモらしきものがあった。

思わず、クラトスの のどから声がもれる。

「なんだ・・・・・これは・・・・・」

「肉じゃが・・・・・みたいな?」

「みたいな?なんだ、その料理は?」

クラトスが聞き返すと、アンナは、顔をしかめてクラトスのうでをたたいた。

「もう!イジワル!見ればわかるでしょ!失敗したの!し・っ・ぱ・い!」

「す、すまん。失言だった・・・・・」

どうやらさっきの悲鳴は、料理の失敗をなげいたアンナが あげたものらしかった。

アンナは空腹の限界をむかえているのか、お腹に手をあてて、がっくりとうなだれてしまった。 そのとなりで、ノイシュも しょんぼりとふせている。

クラトスは、そのまま立ち去るわけにもいかなくなり、仕方なくつぶやいた。

「・・・・・・・・・・・・・・・かせ」

「え?」

クラトスを見上げたアンナと正面から目が合う。とっさに目をそらすと、クラトスは、 もう一度、今度は、はっきりと言った。

「お前の手に持っている、さじをかせ、と言ったのだ」

「あ・・・・・はいっ!」

クラトスは、アンナの顔を見なくても、彼女が心から喜んでいることを感じた。

それにしても、一度しか会ったことのない、素性も知れぬ旅の男に、こうも心を許すとは・・・・・

(・・・・・変わった娘だ。頭のネジが、どこかゆるんでいるのかもしれんな)

クラトスは、やれやれと頭をふると、こしに差した短剣を取り出して、料理を始めたのだった。

それから5分もしないうちに、なべの中には、ぐつぐつとおいしそうな音をたてる料理が出来上がっていた。

「うわ〜っ、うわ〜っ!すごい!これ、なに?」

「・・・・・リゾットだ」

「りぞっと?」

クラトスは、今にもよだれをたらしそうな勢いで じっとなべを見つめるアンナに料理の名前を教えると、小さなため息をついて、彼女に背中を向けた。

「では・・・・・な」

「まって!」

クラトスは そのまま立ち去ろうとしたが、ぐいと後ろに引っぱられて立ち止まった。横目で見ると、アンナが、しっかりとマントのすそをつかんでいた。

「せっかくだし、いっしょに食べましょうよ。それに、私、あなたに話があるの」

「・・・・・どんな話だ?」

「仕事の話。・・・・・まあ、まずは食べてからにしましょ。もう、お腹すきすぎて、死にそうなの〜」

アンナは、リゾットを手早くお皿についで、そこにスプーンをさしこむと、ノイシュとクラトスに差し出した。

「では、いっただっきま〜す♪」

+次のページ+

P.9  1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31. 32.

お話トップへもどる アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』
copyright(c) kiyotoshi-sawa All rights reserved.