16、よみがえる記憶
「うう〜ん・・・・・クラトス・・・・・リゾット・・・・・」
アンナは、お昼ごはんのハンバーグを食べすぎてその場から動けなくなってしまい、小さな庭で、 ノイシュのお腹にもぐりこんで ぐっすりと眠っていた。
アンナの様子を見ながら片づけをしていたクラトスは、心の中にうずをまく気持ちを整理できないまま、 やれやれとため息をついた。
(処理できない情報に思考回路が停滞するとは・・・・・これでは、まるで人間のようだな)
そう思ってはっと目を開いたクラトスは、しばらくの間、息をするのも忘れたようにだまりこんでいたが、 やがて、小さくかぶりをふって口のはしを上げた。
「・・・・・人間・・・・・か」
そうつぶやいて、何かなつかしいものを見つけたように、そっとほほ笑む。
「人間・・・・・。そうだ。そうだったな・・・・・」
悲しい時には泣き、楽しい時には笑う。そして、腹がたった時には怒り、つかれたら眠る・・・・・。 天使となったクラトスにとっては、そんな当たり前のことも、遠い昔に捨てた不要な物のはずだった。 なのに、今ではとてもなつかしい。
クラトスは、あまりにも長い間わすれていた感情が全身によみがえってくるのを感じながら、 なつかしさと とまどいを覚えていた。
かわききっていた身体のすみずみにまで たっぷりの水がいきわたり、 ひたひたとひたしてゆくような充実感がみなぎってくる。
(私の体は、こんなに熱をもっていただろうか?)
(私の手足には、こんなに力が満ちていただろうか・・・・・)
目に映るすべての物が まぶしくあざやかに色づいて見え、思わず、クラトスはつぶやいていた。
「私は・・・・・人間だった・・・・・・・・・」
(そうだ。私は、確かに、人間だった)
確かめるようにうなづいて、クラトスは、長い息をつく。
人間の弱さ、もろさをのろい、必死の思いでそれを捨ててから、一体、どれぐらいの月日が流れたのだろう。 人間はおろか、エルフの力をもこえた 「天使」 になったクラトスは、時間にも むとんちゃくになっていたことに 気がついて苦笑した。
(しかし・・・・・)
アンナを見ると、ノイシュのお腹の上であおむけになって、気持ちよさそうに口を開けて眠りこけている。 その姿は、どこにでもいるごくふつうの娘で、とてもではないが、自分の命と引きかえに世界を救おうなどという 大それた目標を持っているようには見えない。
「希望・・・・・か」
クラトスは、アンナの言葉を思い返していた。自分の命が世界を救えるかもしれない。 なんのためらいもなく言えるのはなぜなのか。
クラトス自身、過去に同じ目標を持ったことがあった。仲間と力を合わせて、世界を破めつから救おうとしたのだ。
しかし、その時のクラトスは、仲間がいたからこそ動けたのであって、一人では何も出来なかったことを自覚 している。何度も味わった悲しみや苦しみにおしつぶされずにすんだのは、いつでも仲間が手をさしのべてくれ たからだ。
剣のうでのたつ大の男のクラトスですら、こうなのだ。
それを、アンナは、たった一人で、しかも、追われる身でありながら、残りの命をかけて世界を救いたいと 言うのだ。
(すさまじい・・・・・と、いうべきか)
クラトスは、アンナの生き方に、体がふるえるような感動を覚えている自分に気がついた。 そして、同時に、力を貸してやりたいと心から思う。
彼女が、自分の命を差し出さずにすむ方法で・・・・・
しかし、そこまで考えたところで、クラトスはふっと鼻で笑うと、弱々しく頭をふった。
(・・・・・何を考えているのだ。私は、彼女を苦しめている原因を作った本人だというのに・・・・・ おごり高ぶるのもいいところだ)
もし、クラトスが何者であるかアンナが知れば、彼女は何と言うだろう。 それを思うと、クラトスの心は暗くしずんだ。
できれば知られたくない。
知られないまま、側にいるわけにはいかないものか。
「・・・・・・・フ・・・・・女々しい男だな・・・・・・・・・」
クラトスは、これまで長い間目をそらしてきた自分の心をのぞいて、一人で苦笑した。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |