アンナ〜出会い

15、戸惑い

アンナは、小屋に帰ってすぐ、大事な用があるから中に入らないようにと言って小屋にとじこもってしまった。 庭に取り残された男たちは、仕方なく、無言で昼ごはんの用意を始めた。

「ねえねえ、クラトス。アンナってすごいね!ボク、あんなに強い人、はじめて会ったよ!」

「・・・・・そうかもな」

クラトスは、ノイシュに荷物を運ぶ手伝いをさせながらアンナのことを考えていた。

(ルインの出身ということは、アスカードの人間牧場か?あそこにはクヴァルという名の主がいたはずだ ・・・・・ヤツが、何か新しい実験でも始めたというのか?)

クヴァル・・・・・クラトスは彼に会ったことはなかったが、どこかで覚えている名だった。五聖刃としてではなく・・・・・

(クヴァル・・・・・そうだ!ハイ・エクスフィアか!?)

野菜を切るクラトスの手が止まった。包丁の先が、かすかにふるえる。

それは、クラトスが、まだ地上に降りる前の話だった。彼が支持し、つかえていたミトス・ユグドラシルが、 世界を平和に導くために、地上に生きるすべての者が自分たちと同じ無機生命体になればいいと言い始めたのだ。 ミトスやクラトスが無機生命体となったのは古代に存在した魔科学という特別な技術のおかげだったが、 その力はすでに消滅し、そのために必要なハイ・エクスフィアを量産することは不可能だと思われていた。 そう。クヴァルの計画を知るまでは。

クヴァルは、なんと、人間の人体のマナを利用してハイ・エクスフィアを作る計画を持ちかけたのだった。 その時は、そのようなことは不可能だと思い、深く考えずに、ただ、ミトスが考え直してくれればよいと 思って彼の元を去ったクラトスだったが・・・・・

(実験は・・・・・行われている・・・・・のか・・・・・)

クラトスの目の前から景色が遠ざかっていく。

(私は・・・・・まちがえたのか?・・・・・力ずくでも、あれを止めるべきだったのか・・・・・)

全身から血の気が引いていくのを感じながら、クラトスはアンナの顔を思い出していた。 空を流れる雲のように自由で、何者にもしばれないであろう力強いマナ・・・・・

(・・・・・私が・・・・・うばうことになるのか・・・・・私が・・・・・・・・・・・)

ガンガンと頭の奥が痛み、心臓がにぎりつぶされたように冷たくちぢんでゆく。 ふいにはき気がして、クラトスは、その場にひざをついて ひたいをおさえた。

「クラトス!?」

ノイシュが あわててかけよって来ると、おろおろしながら顔をのぞきこんだ。

「クラトス!?」

もうひとつ、今度は高い声があがった。アンナだ。クラトスは、体が冷たくかたまったまま、 その場から動くことが出来なかった。

「どうしたの?大丈夫?」

アンナの手が、クラトスのかたにふれた。

「・・・・・?」

じわり。アンナの手がふれた場所が熱くなり、そこから伝わった熱が全身へと広がっていく。 さっきまであれほど冷たかった心が、気がつくと、内側から熱を出しているようにあたたかくなっていた。

「・・・・・何をした?」

クラトスがまゆをよせて言うと、アンナは、不思議そうに首をかしげた。

「・・・・・何って・・・・・なんのこと?」

「いや・・・・・なんでもない」

ふっと小さく息をはいて、クラトスは包丁を持ち直した。

「何か手伝いましょうか?」

アンナが言ったが、クラトスは、ぶっきらぼうに返事した。

「ことわる。お前は、用事があるのだろう?」

「・・・・・うん。ありがとう」

そう言って、アンナは小屋にもどって行った。

その場に残ったクラトスは、じっと包丁をながめてぼんやりと考えていた。

(・・・・・ありがとう?・・・・・なぜ、今のやりとりで礼を言われることになるのだ?)

たいていの相手は、クラトスがぶっきらぼうに何か言うと、腹をたてるか、おびえて立ち去るかのどちらかなのだ。

ありがとう。

あたたかい春の風のように心地の良い声が、何度も何度もクラトスの耳にこだまする。

(一体、なんだのだ・・・・・これは)

(私は・・・・・どうしたのだ・・・・・?)

目の前から、アンナの笑顔が消えない。

「・・・・・くそっ!」

なぜか無性にいらだったクラトスは、瞳をとじて、強く頭をふった。

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