アンナ〜出会い

23、アメージンググレイス


「ア〜メ〜ジングレ〜ス♪ なんてすばらしいひびき〜♪ララララ〜ラララ〜♪」

クラトスは、よくひびくアンナの歌声を聞きながら後悔(こうかい)していた。服をぬぐのを拒否(きょひ) したのは確かに自分だが、こうして直接仕立て直してもらう苦痛にくらべたら、いっそ、ぬいだ方がましだった。

「・・・・・ほら、クラトス。もっと力をぬいて。もうちょっと、うでをあげて・・・・・そうそう、そのまま・・・・・・・・・」

耳元でささやくアンナの声がこそばゆい。細くやわらかな指が体にふれるたびに心臓がどきりとはね、 今すぐにでも飛んでにげたい気持ちにかられるのだが、それ以上に強く、このまま こうしていたかった。

「ラララ〜ララララ〜ラララ〜♪」

アンナが口ずさむ歌はクラトスも知っていた。マーテルがよく歌っていた、名もない歌だ。

アンナは何度もくり返して歌っていたが、何度歌っても、途中から歌詞がラララになった。

(・・・・・マーテルは、なんと歌っていただろうか・・・・・)

遠い遠い記憶の糸をたぐりよせてみる。

クラトスは歌うのは苦手だったが、音楽はきらいではなかった。 歌が大好きだったマーテルが歌っていた多くの曲も、今でもちゃんと覚えている。

「・・・・・・・・わが主のめぐみ、げに・・・・・とうとし・・・・・・・・・・・・」

つい、思い出した歌詞をつぶやくと、アンナが不思議そうに言った。

「なにそれ?何語?」

「・・・・・フ・・・・・・おまえが忘れた歌詞だ」

「本当?教えて!」

アンナは、ノースリーブになった洋服のかたをぬいながら言った。

「私も、ずいぶんと昔に聞いた言葉なのでな・・・・・天使言語は分かるか?」

「分からないけど・・・・・歌だったら、何語でも覚えられるわ」

「・・・・・」

クラトスは、まちがいのないように ひとつひとつの歌詞を思い出しながら、かみしめるようにつぶやいた。

「アメージンググレイス
われをも救いし くしきめぐみ
まよいし身もいま たちかえりぬ・・・・・」

じっと耳をかたむけていたアンナが、残念そうにため息をついた。

「・・・・・さっぱり分からないわ。どういう意味なの?」

「そうだな・・・・・・・・・・・・」

クラトスは、雲の上にうかぶ丸い月をながめて言った。

「アメージンググレイス
なんて素晴らしいひびき
私のような 卑劣(ひれつ)な者も救ってくれた
私は、かつて道を見失っていた
しかし、今は見つけた・・・・・
・・・・・かつて見えなかった目は、
今は、見えるように・・・・・」

アンナは、何度も何度もくり返しクラトスの言葉を口ずさんでいたが、やがて、ほう、とため息をついて言った。

「・・・・・いい歌詞ね。・・・・・ねえ、クラトス。アメージンググレイスって、だれなの?」

「それは、大いなる恩寵(ちょうあい)とか、おどろくべき恵みという意味で、人の名前ではない。ただ、歌う者によって、それを神に見立てたりするらしいがな」

「ふうん・・・・・そうなんだ」

アンナは、こうふんした様子でうなづいた。

「クラトスって、何でも知ってるのね。彼女いない歴4千年って本当だったのね♪」

「・・・・・!!」

クラトスがびくりと体をかためると、アンナは、とてもうれしそうに笑った。

「だから、じょうだんだってば♪」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

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