18、別れ
「・・・・・クラトス、おそいわね。今日も帰って来ないのかな・・・・・」
よふけになっても もどらないクラトスのゆくえを心配しながら、 アンナは、ようやく仕上がった洋服を広げてにっこりと笑った。
それは、男物の服だった。アンナが着るにしては明らかに丈が長い。 昼間に買いこんだ大量の生地を使って、アンナは、クラトスの服を仕立てたのだった。
「う〜ん。あんなに背が高いとは思わなかったのよね。まあ、 久々にしてはいい出来だと思うわ〜♪特に、このマント!けっさくね!」
本当は、全身をかくせるマントも作ろうと思ったのだが、 布が足りなくなってしまった。そこで、クラトスの白い礼服のデザインを参考にして、 かざりのようなマントを作ってみたのだ。
「あとは・・・・・試着してもらって、お直ししたいんだけど・・・・・」
当の本人がもどらないので作業の続きが出来ないのだ。アンナは、空を見上げてため息をついた。
「・・・・・っ!」
ふいに、アンナは体中に激しい痛みを感じてその場にうずくまった。発作が起きたのだ。
「ふ、ファースト・・・・・エイド・・・・・ッ!」
胸に手をあてて魔法を使うが、痛みが引かない。じんじんと頭がしびれる。 目の前の景色がかすみ、声を出そうにも、息をすることもできなかった。
(わ・・・・・わたし・・・・・死ぬ・・・・・の・・・・・?)
アンナは、死ぬことをこわいとは思わなかった。ただ、死ぬ前に、 どうしてもやらなければならないことがある。その思いが、アンナに生きる勇気をあたえた。
「ファーストエイド!」
お腹の底から力をふりしぼって術を唱える。白い光が手のひらに生まれ、アンナの全身を包みこんだ。
痛みが、すーっとひいていく。
「・・・・・ふう」
アンナは、全身の痛みがおさまるのを確かめてから、ゆっくりと体を起こした。 そして、着ている服のそでを そっと たくし上げてみる。
「・・・・・!!!」
アンナは、自分のうでを見て息をのんだ。
「・・・・・また、広がってる・・・・・・・・」
彼女のうでは、気味の悪い緑色に変色していた。
やわらなほほとまったくちがい、ごわごわした緑色のウロコがびっしりとうでをおおい、 手のひらまで届こうとしている。
「・・・・・もう、時間がない・・・・・ってことか・・・・・な」
おそらく、この緑色のウロコが全身をおおったとき、自分は死ぬのだろう。 アンナは、ぼんやりと考えていた。
「だけど・・・・・クラトスはどうするかしら・・・・・」
はたして彼が、苦しむ自分を見て、放っておいてくれるだろうか。
クラトスはどこまで優しい。自分の状態を知れば、きっと、助ける方法を考えるにちがいない。
アンナは迷った。クラトスに心配をかけずに、しかし、確実にエクスフィアを完成させたい。
どうすればいいのか・・・・・。
「・・・・・一度、はなれるしかないか・・・・・」
小さくうなづいて、決心したアンナの動きは早かった。
アンナは、クラトスのために作った服をていねいにたたむと、紙とペンを取り出して手紙を書いた。
クラトスあてで、
別れの手紙を・・・・・
よく朝、もどって来たクラトスが見たのは、誰もいない小屋と、アンナの手紙だった。
クラトスへ
短い間でしたが、お世話になりました。
わたしは、ディザイアンに殺されたと思っていた
恋人が生きていることが分かったので
彼のもとへ行くことにします。
無事に彼のもとへたどりつけるように
ノイシュをかりて行きます。
街についたらノイシュは帰すから
心配しないでください。
では、もう二度と会うことはないと思いますが、お元気で。
わたしは、彼と幸せになります。
PS・・・・・お世話になったお礼に服を作りました。
これで、ちょっとは目立たなくなると思うわよ。
アンナより
手紙を読み終えたクラトスは、ぼうぜんと言葉を失った。
こんなにも急に別れが来るとは思ってもいなかったのだ。 ショックをかくせないまま視線をさまよわせると、 テーブルの上に置いてある服が目に映った。アンナが、ハイマで大量に買っていた生地と同じ色だ。
クラトスは、言葉もなく服を取り上げた。
広げてみると、とても見事な仕立ての服だった。ごていねいに、マントまでついている。
「これを・・・・・私に・・・・・」
クラトスは、胸にこみあげる熱いものを感じながら服を体にあててみた。 おそらくぴったり合いそうな大きさだ。一体、いつ、サイズを知られたのだろう? クラトスは、そんな見当ちがいなことを考えていた。
(あれが・・・・・いなくなる・・・・・?)
(恋人の元へ・・・・・男と、幸せに・・・・・)
そう考えたクラトスの頭のどこかで反対の声があがる。
(ちがう!・・・・・そんなはずはない!)
何かがおかしい。クラトスは、そう直感した。
(あれは、自分の命をかけてエクスフィアを完成させると言っていたではないか。 それなのに、今さら男と幸せになるなどと・・・・・まさか、私に、何か かくしているのか?)
クラトスは、手紙をぎゅっとにぎりしめた。
確めたい。彼女の本心を。そして、知りたい。彼女が何をしようとしているのかを。
クラトスは、もう、自分の立場など どうでもよかった。 自分のおかした罪をつぐなうために協力しようと考えたりもしたが、今、 彼の心の中にあるのは、アンナの側にいたい。ただ それだけだった。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |