アンナ〜出会い

8、隠れ家


「・・・・・ほんとだ。これ、クラトスのニオイがするよ!」

皮のふくろをクンクンとかいだノイシュが、おどろいた声をあげた。 ゆうべは二人ともぐっすりと眠ってしまい、クラトスが来たことには まったく気がつかなかった。

「なんだよ〜。放っておけって言っといてさ〜」

ノイシュはぶつぶつと文句をこぼしたが、アンナはその様子を見て安全だと判断し、 ふくろを開けて、中に入っている物を調べ始めた。

最初に出てきたのは、長い布・・・・・ではなくて、服だった。かざり毛のない、きれいな新しいワンピースだ。 アンナは、目をまるくしておどろいた。

「これ・・・・・わたしに?・・・・・あとは・・・・・ナイフと、布でしょ。あと、パンと水・・・・・あっ、 お肉と、野菜?あっ!ホーリーボトルがいっぱいある!!・・・・・どうやってつめたの?こんなにたくさん・・・・・・・・・」

最後に、にげ足が速くなるマジックミストが出てきた時には、 ノイシュとアンナは、顔を見合わせて笑い出してしまった。

「・・・・・こっそり置かなくてもいいのに!」

「きっと、てれてるんだよ。アンナは、とってもキレイだからさ」

「そうかしら。クラトスって、女には、ぜんっぜんキョーミないように見えたけど?」

アンナが顔をしかめて言うので、ノイシュも、確かにそうだと思って笑った。

女に興味のないクラトスが、ここまでする理由。それは、ひとつは、ノイシュが味方についたということだろう。 そして、もうひとつ。ノイシュは、それを話して良いのか迷ったが、アンナに知ってほしいと思って口を開いた。 彼女にその気がなかったとしても、クラトスにしてみたら大変な出来事だったと思うからだ。

「あのね、アンナ。クラトスとキスしたでしょ?あれって、クラトスの国では、 「ケッコン」 ってことなんだって」

「ええっ!?」

ノイシュの予想以上におどろいた顔をしたアンナは、信じられないというようにノイシュを見た。

「初めて聞いたわ。どこの国?」

「・・・・・もう、ないよ。戦争で・・・・・なくなっちゃった」

「あっ・・・・・ごめんなさい・・・・・」

アンナは素直にあやまると、さみしそうに言った。

「そっか・・・・・だから、一人で旅をしているのね」

「うん。今は、ヨーヘイっていう仕事をしてるよ」

「傭兵・・・・・」

「アンナ?」

傭兵。その言葉を聞いた瞬間、アンナの顔に緊張(きんちょう)が走ったのをノイシュは見のがさなかった。

アンナは、なんでもないと言って笑ったが、その笑顔も、どこか緊張しているようだった。

「アンナ・・・・・どうしたの?」

「あ、ノイシュ・・・・・ごめんね。いま、考え中なの。あとで教えてあげる。・・・・・とりあえず、行こっか」

「うん・・・・・?」

ノイシュは何がなんだかよく分からなかったが、アンナが後で話してくれるというので安心した。 彼女がそう言うなら必ず話してくれるだろう。そう思わせる何かが、アンナにはあった。

「あ、そうだ。せっかくだし、着がえていったら?」

ノイシュがそう言うと、アンナも、ようやく自分の姿に目をやって明るく笑った。

「・・・・・ひどいカッコ!これじゃあ、ディザイアンだけじゃなくて、人間にもつかまっちゃうわね!」

アンナは、着がえたついでにと、朝ごはんもしっかり食べてから森を出発した。 クラトスが用意してくれたワンピースは、ハイマ地方ではよくあるデザインで、 色も落ちついていて、どこにいても目立たない上に、サイズもぴったりだった。

「アメージング・グレイス♪ なんてすばらしいひびき〜♪」

じょうきげんのアンナは、ノイシュの背中の上で、ずっと歌を歌っていた。

それは、ノイシュもよく知っている曲だった。この大地に古くから伝わる、名もない歌だ。 初めて聞いたのは、ノイシュが生まれてすぐのころだったような気がする。おそらく、 エルフたちがデリス・カーラーンから地上に降りた時に、この歌も共に伝えたのだろう。

「タララ〜♪ ララララ〜ララ〜♪」

途中から急に歌詞がなくなる。アンナがあまりに自然に歌うのでノイシュが笑うと、 アンナは、首をかしげて言った。

「ここから先の歌詞を知らないのよ。ノイシュ、知ってる?」

そういえば、マーテルが歌っているのを聞いた覚えがあるノイシュは、もしかしたらと思って言った。

「クラトスが知ってるかもしれないよ」

「クラトス、歌が好きなの?」

「う〜ん、どうだろ。聞くのは好きかもしれないけど・・・・・歌とか、おどりは、ぜんぜんダメなんだって」

「あははは!見た目の通りなのね〜」

アンナはとても楽しそうに笑う。背中の上にいるので顔を見られないのがとても残念だとノイシュは思った。

それから、どのくらい歩いただろう。アンナの歌声はずっと辺りにひびいていたが、 それがふいに止んだとき、二人の目の前には、どこまでも続く赤い空と、平らな大地が広がっていた。

「うわぁ・・・・・すごい!」

アンナは、そう言ったきりだまりこんでしまった。ノイシュは、地平線の向こうにしずもうとする夕日を見て まばたきすると、今度は、がけのすぐ足元に目をやって、それから、何かを探すように ゆっくりと 視線を動かしていた。

「あ、あった!」

小さな湖を見つけたノイシュが横を見ると、アンナは、とっくにそれを見つけていたらしく、 食い入るようにじっと湖を見つめていた。

「・・・・・ルイン・・・・・見える?」

ノイシュは、おずおずとたずねた。

ルインは、ハイマの北東にあるシノア湖のほとりにある街だ。 ここからでは遠くて湖しか見えないが、夜になれば街の明かりがよく見えることをノイシュは説明した。

じっと湖を見つめるアンナの瞳から、あふれるものが ほほを伝って地面に落ちた。

「アンナ・・・・・ルインが好きなの?」

「・・・・・わたしの・・・・・ふるさとよ・・・・・」

アンナは、流れるなみだをふこうともしないで、ただ、じっとルインを見ていた。

「・・・・・じゃあ、今日は、ここで野宿する?」

ノイシュはそう言ったが、きっぱりとアンナが答えた。

「・・・・・ダメ。見つかっちゃう。・・・・・行こ」

そして、アンナは、ぎゅっとノイシュをだきしめて言った。

ありがとう、と。

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