25、告白
クラトスは、アンナのとなりにひざをつくと、小さな白い花を見つめながら静かに口を開いた。
「・・・・・すまない」
「・・・・・?」
アンナは、何も言わずにクラトスを見た。
「・・・・・おまえが、つらい思いをしている原因は・・・・・私にあるのだ」
クラトスは、せきを切ったように、一気に話し続ける。
「ディザイアンがおまえをとらえ、おぞましい実験を行ったことも、おまえが、 ふつうの娘らしい生活を送れなくなってしまったのも・・・・・すべて・・・・・・・・・・」
のどがつまり、声がふるえる。目頭が熱くなって、こらえようとした矢先、何かがあふれた。
「・・・・・すまない・・・・・アンナ・・・・・・・・・!」
地面に両手をついて、深々と頭を下げる。今さらあやまってすむ話でないことは分かっていたが、 どうしても、わびなければ気がすまなかった。
「・・・・・私をののしるなり、切るなり・・・・・好きにすればいい」
それだけ言うと、クラトスは、ふるえる胸を落ちつけようと、ゆっくりと息を吸いこんだ。
言うべきことは伝えた。あとは、アンナのさばきに全てをゆだねるしかない。 クラトスは、神にいのるような気持ちで瞳をとじた。
「・・・・・・・・・・?」
しかし、いつまで待ってもアンナが身動きしないので、ゆっくりと視線を上げて見ると、 アンナは、じっとクラトスを見つめたまま、静かになみだを流していた。
「・・・・・すまない・・・・・・・・・・・・・・・」
とっさに視線をそらし、クラトスは、もう一度あやまった。
「・・・・・バカ」
アンナが、小さくつぶやいた。
「・・・・・?」
クラトスが顔を上げると、アンナの細いうでがすらりとのびて、あたたかい指がクラトスのほほにふれた。
てっきりののしられ、平手打ちの数発をくらう覚悟をしていたクラトスは、 予想もしなかったアンナの行動におくれをとってしまった。
「アンナ・・・・・?まっ、待て・・・・・!」
やわらかくあたたかいアンナの体が、ふわりとクラトスを包みこんだ。アンナは、 クラトスの頭をだいて、月の光にかがやく赤毛に、そっと顔をうずめた。
そして、アンナは言った。
ありがとう・・・・・と。
その一言で、クラトスは、自分がすでに許されていることを知った。
「・・・・・アンナ・・・・・!」
あふれる思いをおさえきれずに、クラトスは、アンナの体にうでをまわして力をこめた。
彼女に会いたい。はなしたくない。その一念で追って来たクラトスだったが、 今、彼の心にあるのは、また別の、新しい気持ちだった。
(・・・・・はなれ・・・・・られない・・・・・・・・・・・・・・・・)
どれぐらい時間がたったのか、クラトスには、もう分からなかった。 アンナはクラトスをだいたまま、ささやくように歌を歌っていた。
アメージンググレイス
われをも救いし くしきめぐみ
まよいし身もいま たちかえりぬ
歌い終えてから、アンナは、小さく笑って言った。
「私にとってのアメージンググレイスは、クラトスかな。 命の恩人だし・・・・・助けてもらってばっかりだし・・・・・本当、毎回ビックリさせられてばっかりだわ」
クラトスの心に、再び熱い何かがこみあげた。
(ああ・・・・・・それは、おまえだ・・・・・アンナ・・・・・!)
(見失っていた、大切なものに気づかせてくれたのは)
(私のような、おろかしい者にも、手を差しのべてくれたのは・・・・・)
こらえようもなくあふれたなみだを見られるのが気はずかしくて、クラトスは、顔を上げることが出来なかった。
アンナは、クラトスの赤毛を優しくなでて言った。
「あのね、クラトス。わたし、ディザイアンにつかまって、実験体にされてよかったと思ってるの」
「・・・・・何?」
クラトスは息をのんで顔を上げた。アンナの瞳は静かであたたかい光をたたえ、大きな自信に満ちあふれている。
しかし、クラトスがそう感じたのは一瞬で、アンナは、すぐにいつもの彼女らしく笑った。 明るく、そして、いたずらっぽく。
「だって、じゃないとクラトスに会えなかったでしょ。あなたといると、あきないから楽しいわ」
「・・・・・・・・・そうか」
思わず、クラトスもほほをゆるめていた。笑うなど何千年ぶりだろうか。 うまく笑えているといいのだが。そう思いながら、クラトスは心地よい思いをかみしめた。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |