アンナ〜出会い

4、休息


「はあ・・・・・はあ・・・・・はあ・・・・・!」

もう、どれぐらい走っただろう。女は、流れるあせをふくのも忘れて、けんめいに、ひたすらかけていた。

長く続いた岩場をすぎて森に入り、どこをどう走ったか分からないが、 ただ、追っ手から遠ざかることだけを考えて。

もう二度と、あのおそろしい地獄へ連れもどされるのだけはごめんだった。

(アンナ・・・・・にげなさい! にげて・・・・・にげて・・・・・!)

(お前だけは・・・・・生きるんだ・・・・・アンナ・・・・・)

耳元で、大好きだった父の、母の声がひびく。つい昨日まで、 ほんのさっきまで見ていた両親の優しい顔がうかぶ。

(父さん・・・・・母さん・・・・・!)

目の前の景色がかすむ。アンナは、歯をくいしばって目をつぶった。

生きろ・・・・・生きろ・・・・・生きろ・・・・・!

がつん!

「きゃあっ!!!」

ふいに、アンナの足に強い痛みが走った。何かにつまづいたのだ。アンナの体は、 そのまま勢いよく地面に投げ出された。

「・・・・・・・・・・・・っっつ!」

痛みのあまり、動くどころか、息もできない。

アンナは草むらに横たわったまま、しばらくの間痛みにたえていたが、 少しして、やっと息が出来るようになると、ほうっと深いため息をついて、 しびれる足に よろよろと手をのばした。

「・・・・・ファーストエイド」

小さな声で、アンナは、そうつぶやいた。手のひらから生まれたやわらかい光が、 むらさき色にはれあがった足を照らす。すると、むらさき色だった部分がみるみるうちに赤くなり、 あっという間にはれが引いて、元のきれいなはだ色にもどった。

「あ〜・・・・・死ぬかと思ったわよ、まったく・・・・・・・・・」

アンナは、自分の足をなでながら言った。

「・・・・・にげちゃうんだから。ぜ〜ったい、つかまらないんだから!」

アンナは口のはしをぎゅっと結んで立ち上がろうとしたが、 さらさらと流れてきた風を体で受けたとたん、はたりと動きを止めた。

「・・・・・え? なあに?」

辺りを見ても、アンナの他には誰もいない。しかし、アンナは、確かに声を聞いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

風に乗ってひびく声の主をさがそうと、あちこちながめていたアンナの瞳が、ぴたりと止まった。

そこには、一本の老木がたたずんでいた。アンナは老木をじっと見つめ、 よつんばいになって、根元まで はって行った。

「休んで行けって言ってくれるの?・・・・・ありがとう・・・・・」

アンナは、老木の幹にキスすると、にっこりと笑った。彼女に話しかけてきたのは、この木だった。

アンナは、小さいころから動物や植物と話ができた。 ふつうの人間ならまず不可能だが、彼女は、簡単な魔法も使えるのだ。

「・・・・・ちょっとだけ、あまえても・・・・・いい?」

アンナはためらいがちにつぶやくと、思い出したように、木にたずねた。

「そうだ。あのね・・・・・わたし、今、にげてるの。もし、ディザイアンや魔物が来たら、教えてくれる?」

ざわり・・・・・木々がざわめいた。

風もないのに葉がゆれる。それは、老木を中心に、ざわざわと周囲に広がっていった。

アンナは周りの木々が互いに話すのをじっと聞いていたが、内容を理解すると、あきれてため息をついた。

「一人の人間と、大きなけものって・・・・・さっきの二人ね。にげてって言ったのに ・・・・・なにやってるのかしら・・・・・って・・・・・ええっ!?ディザイアンをやっつけた?」

(そりゃあ、確かに、強そうだったけど・・・・・)

アンナはディザイアンに追われていた。それも、相当な数だ。それを、たった一人でのしたというのだから、 アンナは感心して空を見上げた。

「う〜ん。そんなに強いんだったら、用心棒をお願いしたらよかったなあ〜。おしいことした!」

知らず知らずのうちに笑顔になっている自分に気がついて、アンナは、あたたかくなった胸に手をあてた。 それは、久しぶりに感じる喜びの気持ちだった。

「人生、すてたもんじゃない・・・・・ってことね。・・・・・ねっ。父さん、母さん・・・・・」

今からでも引き返して、あの男に礼を言いたい。そう思ったが、追っ手がいなくなって安心したのか、 急に強い眠気がアンナをおそった。ゆうべディザイアンの元をにげてから、 飲まず食わずで、ずっと走り続けてきたのだ。

そのことに気づいたとたん、彼女のひざからガクリと力がぬけた。

「はあ〜・・・・・ちょっと、休も・・・・・」

木の根元にごろりと寝転ぶと、アンナは、そのままの姿勢で木を見上げた。

「じゃあ・・・・・おやすみ・・・・・なさ・・・・・・・・・・・」

さわり・・・・・やさしい風が吹く。

さやさやと、草木がささやき合う声が聞こえる。

アンナは、遠くなっていく意識の奥で、自分を助けてくれた男のことを考えていた。

あの人・・・・・羽、はえてたな・・・・・

わたしも・・・・・ほしい・・・・・な・・・・・

+次のページ+

P.4  1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. 29. 30. 31. 32.

お話トップへもどる アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』
copyright(c) kiyotoshi-sawa All rights reserved.