アンナ〜出会い

12、ハイマで


次の日の朝、アンナとノイシュは、まだ暗いうちから山の中に入って山菜をつんでいた。 クラトスはとうとう帰って来なかったが、アンナもノイシュも、まったく心配していなかった。

アンナは、たくさんとれた山菜を大きなふくろにつめこむと、でかける用意をするからと言って、 小屋の中に入って行った。

「だけど・・・・・やっぱりクラトスがいた方がいいんじゃないかなあ・・・・・町へ行くなんて・・・・・」

ノイシュは心配でおろおろしながらつぶやいた。アンナは、山菜を売りに町へ行くというのだ。 もし、ディザイアンに見つかってしまったら・・・・・ノイシュは、それが気になって仕方なかった。

しかし、小屋から出てきたアンナを見たノイシュは、何を心配していたのか一瞬で忘れてしまった。

「・・・・・・・・・・アンナ?」

「またせたねぇ〜、ノイシュ」

小屋の前に立っていたのは、しわくちゃの顔をした白い髪のおばあさんだった。 ぴんとのびていた背中は すっかりまるくなり、ごていねいに声までしわがれている。 大好きなにおいがしなければ、そのおばあさんがアンナだとは、ノイシュにも分からなかっただろう。

「すごいね〜。それ、どうやったの?魔法?」

ノイシュが顔をのぞきこむと、アンナは、ぱちりとウインクして言った。

「これはね、魔法じゃなくて、へ・ん・そ・う♪しわは葉っぱのしるをぬって、 かみの毛には石のこなをかけてるの。声はね、作ってるのよ。ノイシュもやってみる?」

「・・・・・いい。ボク、もともと白いし、しわくちゃになっても分からないから」

「あはははは!じゃ、行きましょう♪ハイマへ、レッツ・ゴー!」

ハイマは、宿屋が一けんしかない小さな村だが、あたりに街がないのと、 救いの塔がよく見える場所にあるので、いつでも多くの旅人でにぎわっていた。

アンナは、あちこちから集まった商人たちが開く小さな朝市にまざって、一人で山菜を売っていた。 ノイシュは、食べ物の近くにいると客が来ないという理由でその場から追いはらわれてしまい、 仕方なく宿屋のうらからアンナを見守っていた。

「どうも、ありがとうございました〜♪」

(うふふ♪売れてる売れてる、いいカンジ!今日は、いっぱいもうけるわよ〜♪)

アンナが集めてきたのは、山奥にしか生えないめずらしい山菜ばかりだった。旅人といっても、 そのほとんどが、マーテル教の教えに従って世界中をめぐる旅業をしている、ごくごくふつうの人たちだ。

めったに手に入らない高価な山菜がふつうの半分ぐらいの値段で買えるという口コミが広がって、 アンナの店の前には、村中の人が集まったのではないかというぐらい、たくさんの人だかりができていた。

「はいはい、おさないで、おさないで。順番にならんでおくれよ」

アンナがお客を整列させていると、ふいに人の山がざわめいた。 たくさんの目が、いっせいに同じ方向をむく。アンナもつられて目をやると、 見たことのある後ろ姿が飛びこんできた。

「あれは・・・・・」

燃えるような赤毛に、目立ちすぎる白い礼服。

見るからにあやしいふんいきの騎士が、大きな白いけものとにらみ合っている。 けものは、くちびるをめくりあげてキバを見せながら低くうなっていた。

はなれていても息ぐるしくなるような重々しいふんいきが広がっていく。

不幸にも、騎士のするどい眼光を見てしまった何人かは、おびえるように身をちぢめると、 その場からこそこそと立ち去って行った。

「あっ、お客さん?ちょ・・・・・ちょっと、まって!」

一人、また一人・・・・・ばらばらと人だかりがくずれていく。 せっかくの金づるをのがしてなるものかとアンナが声をかけても、 みんな赤毛の騎士におそれをなして、あっという間に誰もいなくなってしまった。

「ばあさん!あんたも早くここからはなれた方がいいぜ」

となりで店を出していた商人が、荷物を片づけながらアンナに声をかけてきた。

周りを見ると、他の店はどこも店じまいされてしまい、あとは、アンナの店が残っているだけだった。

アンナに声をかけてくれた商人が立ち去ると、ぽつりと残されたアンナの耳に低い声が聞こえてきた。

「彼女をどこへ連れて行った?小屋の周りに姿がないのだ。おまえは、今朝まで一緒にいたのだろう?」

(クラトス・・・・・わたしをさがしに来たの?もう、なんて時に来てくれたのよ〜っ!)

一瞬、アンナの心臓が冷たくこおりついた。

クラトスは、心配して来てくれたのだろう。それはアンナにも分かったが、 せっかくの商売をじゃまされたくやしさが先にたってしまい、 このままでは怒りがおさまらないと思ったアンナは、こぶしをにぎりしめてクラトスに歩みよった。

しかし、一言がつんと言ってやる前に、アンナの目の前で男同士の言い合いが始まってしまった。

「なんだよ!放っておけって言ったのはクラトスじゃないか!」

「そうだ。確かにそう言った。しかし、おまえが彼女を助けると言っていたではないか!」

「そんなに心配なら、そばにいて、守ってあげたらいいじゃない!」

「えっ?ちょっと・・・・・やだ!」

二人が自分のことで言い合っていると知ったアンナは、怒るのを忘れて、あわてて二人の間に飛びこんだ。

「ちょっと!二人とも、やめて!やめなさいっ!」

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