29.要の紋
ピピピピ・・・・・
アンナは、どこか遠くで鳥のさえずりを聞いた。
(・・・・・ああ・・・・・もう、朝かしら・・・・・水をくみに行かないと・・・・・)
(ちがう・・・・・ここは、ルインじゃない・・・・・)
(・・・・・わたし、何をしていたんだっけ・・・・・)
(クラトス・・・・・そうだ・・・・・わたしは・・・・・!)
はっと目を開けると、見なれない部屋の天井があった。
(ここは・・・・・?)
視線を動かすと、自分がベッドに寝ていることが分かった。 何もない部屋のすみに、大きくて白い毛むくじゃらの生き物がいる。
「・・・・・ノイシュ?」
そっと声をかけると、白いけものが むくりと顔を上げた。
「あっ!アンナ!気がついた?よかった〜!」
ノイシュは、ちぎれそうなぐらいしっぽをふってアンナに飛びつくと、ぺろぺろとほほをなめた。
「わたし・・・・・そうだ。ねこにんの里の近くで発作を起こして・・・・・それから、どうなったの?」
「・・・・・うん。ここは、前にアンナと来た、あの小屋だよ。クラトスが連れて来てくれたんだ」
「クラトスが・・・・・」
それにしても体が軽い。どうなったのだろう。 おそるおそる着ている服のそでをたくし上げたアンナは、あっとおどろきの声をあげた。
「・・・・・うそ!」
あれだけびっしりと体をおおっていた緑色のウロコが、きれいさっぱりなくなっていた。 見ると、反対側のうでも、つやつやとしてやわらかいはだにもどっていた。
「・・・・・どうして?」
アンナは着ている服をぬぐと、ベットから下りてノイシュの前に立った。
「ノイシュ、見て。私の体、どうなってる?」
一糸まとわぬ姿でくるりとまわって見せたアンナをながめて、ノイシュは首をかしげた。
「別に・・・・・なんにもなってないよ」
「緑色のウロコは・・・・・?」
「ああ、それね・・・・・」
ノイシュは、言いにくそうに口ごもった。
その様子を見たアンナは、クラトスが自分に何かをしたのだと気がついて言葉を失った。
(クラトス・・・・・助けないでって、言ったのに・・・・・)
がっくりと落胆(らくたん)する気持ちと、助けてもらって喜ぶ気持ちが入り乱れて、アンナは困惑した。
(それは、もちろん、うれしいけど・・・・・でも・・・・・・・・)
予想していなかった出来事に、これからどうすればいいのか考えようとした矢先、 突然、ノックもなくとびらが開いた。
「・・・・・!」
部屋に入って来たのはクラトスだった。アンナが目をさましているとは 思っていなかったのでノックをしなかったのだが、ふいに飛びこんできた光景を目の 当たりにしたクラトスは、視線をそらすことも出来ずにかたまってしまった。
ガシャン!
クラトスの手からすべり落ちた皿が大きな音をたてる。それを合図に、二人は、はっと我に返った。
「す、すまない・・・・・!」
あわてて部屋を去ろうとしたクラトスの動きよりも早く、アンナが投げたコップが飛んで彼の頭を直撃した。 アンナは、その場でうめいたクラトスを見ると、あわてて悲鳴をあげた。
「キャーッ!ごめんなさい!だいじょうぶ?」
「・・・・・・・・・・」
「だって、急に、そんな・・・・・ごめんね?いたい?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
クラトスが顔をそむけるのは よほど痛いからだと思ったアンナは、赤くはれた彼のおでこに手を当てた。
「・・・・・ファーストエイド!」
「・・・・・!?」
クラトスが息をのんでアンナを見た。が、すぐに視線をさまよわせて下を向いてしまう。
「・・・・・だいじょうぶ?」
心配して声をかけたアンナに、クラトスは どなりつけるように言った。
「大丈夫だ!だから、早く服を着ろ!」
「え?あ、・・・・・キャーッ!!!」
アンナはあわてて服を着ると、そのままベッドの中にもぐりこんだ。
「・・・・・なんで、もっと早く教えてくれないのよ!」
「・・・・・・・・・・・」
アンナが怒るのは仕方ないが、どうにも理不尽(りふじん)だ。 クラトスは、ふに落ちない気分を味わいながら、話のほこさきを変えようとした。
「・・・・・お前は、なぜ、術を使える?」
「あ、わたし、先祖にエルフがいるの」
あっさりとそう言って、アンナは、おずおずとクラトスを見上げた。
「あの・・・・・ありがとう。・・・・・クラトスが、のろいをといてくれたんでしょう?」
「・・・・・あれは、呪いではない」
「え?」
クラトスは、開けっぱなしになっていたとびらを閉めると、アンナの側に立って言った。
「エクスフィアの拒否反応が出たのだ。・・・・・要の紋(かなめのもん) を取りつけたから・・・・・まずは、安心していいだろう」
「要の紋?」
「指を見てみろ」
クラトスにうながされて指を見ると、右手の薬指に、古びた銀色の指輪がはめられていた。
「あ・・・・・」
小さくつぶやいたアンナの瞳が、ふいに にじんだ。
アンナが悲しくて泣いていると思ったクラトスは、ぼそりと言った。
「・・・・・すまない。おまえは必要ないと言っていたのに・・・・・ あのままでは、命が危ぶまれたのでな・・・・・見すごせなかったのだ・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・すまない」
クラトスは、もう一度言った。
アンナは、首を横にふってクラトスを見た。
「ううん。わたしがいけなかったの。あなたは、本当にやさしい人なのに・・・・・ 苦しむところを放っておけなんて・・・・・ひどいことを言ったわ・・・・・だけど・・・・・・・・・・・」
だけど。
クラトスは、アンナがその先に言いたいことが分かっていた。 命を助けられたことはうれしいが、自分の気持ちも、やり方も変わらない。
クラトスは、やるせない気持ちでため息をついた。
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アンナと父様-長いお話『アンナ〜出会い』 |