人を愛するということ

26、心と心を結ぶきずな


次の日、お昼を過ぎたころになって、ようやく、クラトスは目をさました。

「・・・・・ここは・・・・・・・・・・?」

いつの間にか、小屋にもどって来ている。アンナが運んでくれたのだろうが、まったく記憶がない。とっさに左手を見ると、エクスフィアは外されたままだ。

この状態で、よく生き残れたものだ。クラトスは、命の恩人をさがして、あたりを見まわした。

部屋の中には、だれもいない。耳をすますと、外で人の気配がする。

「・・・・・・・・・・?」

クラトスが起き上がると、体中に、びっしりと薬草がはりつけてあるのがわかった。そういえば、口の中も、色んな種類の薬草がごちゃまぜになった味がする。ゆうべ、アンナが看病(かんびょう)してくれたにちがいない。

あきれると同時に、胸がはりさけるほどの熱い想いがこみあげて のどをつきあげる。クラトスは、一刻も早く、アンナの無事を確かめようと思って外に出た。

とびらを開けてみると、小さな庭にいっぱいの洗濯物をほしたアンナが、ひらひらとまうシーツや服をながめて歌を歌っていた。その様子から、アンナは、どうやら無事のようだ。

「・・・・・・・・・・アンナ」

ほっと胸をなでおろしたクラトスは、アンナの背中に おずおずと声をかけた。彼女は、全快を喜んでくれるだろうか?それとも・・・・・

「・・・・・あら。やっと起きました?」

アンナが、ふり返らずに言った。彼女が他人行儀な物言いをするときは、たいてい、おこっている時だ。

「・・・・・すまなかった」

「あやまるぐらいなら、最初からしないで下さい」

「アンナ、私は・・・・・」

アンナのかたをつかんで、ふり向かせて・・・・・その顔を見たクラトスは、思わず言葉を失った。

アンナは、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。顔はなみだが洗い流したのだろうが、おでこや髪には、かたまった血と、ドロがこびりついたままだ。

クラトスは、彼女がどれだけがんばって自分を助けてくれたのか、その努力のあとを見た。

「おまえは・・・・・・・」

クラトスの胸に、言いようのない熱い気持ちがこみあげる。

どれだけたくさんのすばらしい言葉をならべても、感謝の気持ちには足りない。

クラトスは、言葉にできない想いをこめて、静かに、ゆっくりと うでをのばした。

「・・・・・アンナ・・・・・・・・・・・・」

ふるえる指を背中にまわし、小さな体をだきすくめる。

「きゃ!くすぐったい!クラトスッ!」

うなじに口づけされたアンナが、おどろいて身をよじった。クラトスは、やわらかいはだにくちびるをおしつけたまま、うなじから、耳の後ろ、耳元、ほほを通って、いったん顔をはなすと、ためらいながら、ひたいに口づけを落とした。

アンナは、うっとりと瞳を閉じてキスを受けたが、その後、クラトスが、アンナを見つめるばかりで少しも動かないので、じれったくなって口を開いた。

「・・・・・クラトスさん?どこか、大事な場所を、とばしていませんか?」

「・・・・・私の国では・・・・・気持ちをあらわす際に、最も重要とされる部位は・・・・・・・ひたいなのだ・・・・・」

クラトスは、アンナから目をそらしてつぶやいた。それは、口からのでまかせだった。クラトスの国でも、恋人同士が愛を語るときに使うのはくちびるだ。

クラトスは照れかくしのつもりだったが、アンナは、目を丸くしておどろいた。

「え? じゃあ、口は?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

なれないことをするものではない。クラトスは、返す言葉につまってだまりこんだ。

「まさか・・・・・!」

最も重要とされるおでこより、口に出すのがためらわれること。アンナは、これしかないと思って大きな声をあげた。

「赤ちゃん!?さては、赤ちゃんね?」

「!!??」

クラトスが、あっけにとられて言葉を失う。

しかし、反応がないのは事実だからだと判断したアンナは、顔をまっ赤にして、クラトスのうでの中でもがいた。

「ひどいわ!キスで赤ちゃんができるなんて、そんな大事なこと、最初に教えておいてほしかったわ!」

クラトスは、本気でおこりだしたアンナをだきしめて言った。

「アンナ、落ち着け!今のは、冗談だ!」

「・・・・・じょうだん?」

アンナが、きょとんとして言う。

「キスで、赤ちゃんはできないの?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

それは、おまえが勝手に作った話だろうが。クラトスは、そう言いたいのをぐっとこらえて、そっと、アンナのほほに手をそえた。

「なあに?」

アンナが、不思議そうにクラトスを見上げる。

クラトスは、今さらながら、アンナの瞳が うすい茶色だということを発見して苦笑した。

「まったく・・・・・」

お互い、先が思いやられるな

そうつぶやいて、かすかに笑って・・・・・

クラトスは、やさしく くちづけた。

彼女の、くちびるに・・・・・

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