人を愛するということ

13、雪どけ


「・・・・・・・・・・・・・・・」

クラトスの全身から いかりのマナが消えた。差し向けられた刃先が、よろよろとゆかにつく。

ゆっくりと目を開けたアンナは、できるだけそっと彼のうでにふれた。クラトスは、かすかに身動きしたが、そのまま動かなかった。

アンナは、クラトスの かたくなな心が少しでもやわらぐように願いをこめて、そっと言った。 

「・・・・・わたしの気持ち・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・聞いて・・・・・」

クラトスが、静かにアンナを見た。その瞳には、弱々しい光が、おびえたようにまたたいている。

真一文字に結ばれたくちびるが、かすかに開いた。

「知りたいが・・・・・・・・・・・聞きたくないのだ」

なんて純粋(じゅんすい)で まっすぐなのだろう。とても大の男のセリフとは思えない。アンナは、いけないと思った時には笑っていた。

「あははは!クラトス、最高!」

「・・・・・?」

アンナは、何がおかしいのかさっぱりわからないという顔をしているクラトスに、ぴょんとだきついた。

「アッ、アンナ!はなれろ!」

「聞いてくれたら、はなれます!」

「・・・・・・・・・・・・」

観念したクラトスが、ため息をついた。

アンナは、宙にういた体がずり落ちないように、クラトスの首にまわしたうでに力をこめた。

「まったく・・・・・・・・・・」

あきれたようにつぶやいて、すらりとのびた大きなうでが、アンナの体をしっかり支える。

「指一本、ふれないんじゃなかった?」

クラトスの顔をのぞきこむと、クラトスは、口のはしを片方だけ上げて言った。

「指は ふれておらん」

なるほど。見ると、確かに、クラトスの手は こぶしがにぎられた状態で、うでだけがアンナにふれている。

クラトスといえば、どこまでも一本勝負。言い訳や、こざかしい作戦はありえないという人がらだったはずなのに・・・・・

「・・・・・・・・・・なんだか、わたしに似てきたわね」

アンナが少しあきれて言うと、クラトスは、どこか楽しそうに目を細めて笑った。

「フ・・・・・・・・・・仕方なかろう。おまえの世話をするには、おまえという人間を知らねばできんからな」

「人を、めずらしい生き物みたいに言わないで!」

「ああ、ちがったのか?」

「ちがうわよ!もう!」

アンナがまっ赤になっておこると、クラトスが声をあげて笑った。

「きゃあ!たいへん!クラトスが笑った!」

「おまえこそ、人を珍種(ちんしゅ)あつかいしているではないか」

「うっ・・・・・・・・・・///」

口数でも話す速さでも負けないのに、どうしてもクラトスには かなわない。きっと、頭の良さがちがうのだ。アンナは、そう思って自分をなぐさめた。

クラトスは、くるくると表情をかえるアンナをまぶしそうにながめていたが、やがて、小さなため息をついて言った。

「・・・・・・・・・・・すまなかった」

「え?」

首をかしげて見ると、クラトスは、何もかも自分が悪いのだと言いたそうな深刻な顔をしていた。

「私の国とルインでは、文化のちがいがあると知っていたのだ。それなのに、きちんと調べず、したいようにしてしまったのは、私の落ち度だ。指輪のことは・・・・・」

「ちょ・・・・・ちょっとまって!」

アンナは、あわててクラトスの口を両手でふさいだ。

指輪の話は、なかったことにしてくれ。

放っておいたら、クラトスは、そう言うにちがいなかった。

(どうしてクラトスったら、いつも自分で勝手に話を作って、知らないうちに あれこれ決めてしまうのかしら?)

そう思うと、むかむかと腹がたってくる。

アンナは、つい、かんしゃくを爆発させてしまった。

「人をその気にさせておいて、次には なかったことにしてくれって言うの?今さら取り消しはできません!悪いんですけどね、わたし、これでも、ルインで一番たくさんの指輪を持ってたんです!だから、指名できるの!あなたを!」

「・・・・・・・・・・!!!」

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