14、和解
アンナの背中にまわされたうでから ふわりと力がぬける。支えを失ったアンナは、クラトスの体をストンとすべり落ちた。
「クラトス・・・・・・・・・・?」
アンナが見上げると、クラトスはあぜんと目を見開いたまま、息をするのも忘れたように、その場に立ちつくしていた
「・・・・・・・・・・・だいじょうぶ?」
そっと声をかけてみる。聞こえてはいるのか、ごつごつした指がぴくりと反応した。
クラトスは、苦しそうにまぶたを閉じると、深く大きく息をすって、ゆっくり長くはきだした。それから、よろよろと動いた赤い瞳が、おそるおそるアンナを見た。まだ、信じられないというように。
「フ・・・・・・・・・・・」
アンナは、クラトスのマネをして鼻で笑うと、彼のように、低い声で言ってみた。
「・・・・・・・すまない」
「・・・・・なぜ、おまえがわびる?」
クラトスが、困ったように苦笑いする。
その様子があまりにも愛しくて、思いきりだきつきたい気持ちをけんめいにこらえつつ、アンナは、やり場にこまった指を もて遊びながら言った。
「指輪の意味を知らなかったのは事実だ。だが・・・・・・この指輪を最後にする。だから・・・・・・・・・・・・・・・ゆるせ」
「フッ・・・・・・・・・・」
ふいに、クラトスがふきだした。見ると、片手で顔をおおった彼は、アンナに背を向けて、かすかに かたをふるわせている。笑っているのか、泣いているのか・・・・・・・アンナには、そのどちらにも見えた。
しばらくクラトスの背中をながめていたアンナの耳に、彼の低い声がひびいた。
「・・・・・・・・・・・・なぜだ」
「え?」
アンナが首をかしげると、クラトスは背を向けたまま言った。
「私は・・・・・住居も、財産も、戸籍すらない、剣しか取りえのない男だ・・・・・」
「・・・・・・・そうね」
「それなのに・・・・・・・・・・・なぜ、私を選ぶ?」
「なぜかしら・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・同情か」
「そうかもね」
「まじめに答えろ!」
クラトスの背中が大きな声をあげる。
アンナは、やれやれと かたをすくめた。
「そんなつまらない質問に、まじめには答えられません」
そう言って、アンナは、クラトスの背中に そっと全身をあずけた。
「・・・・・・・・・・わたし、『ふふく』なんてないですから」
クラトスはそれっきり何も言わず、大きな背中をアンナに貸したまま じっと立ちつくしていた。
アンナは、背中から伝わるぬくもりをうっとりと感じていたが、いつまでたってもクラトスが動かないので、どうしてよいのか分からなくなってたずねた。
「クラトス・・・・・・・あなたの国では、このあと・・・・・・・・・・どうするの?」
クラトスの体がびくりとはねると同時に、火がついたように赤ちゃんがなき出した。
クラトスは、静かにアンナからはなれて言った。
「・・・・・・・男は、赤子の世話をする。女は・・・・・・・・・・・・もう休むのだ」
「・・・・・・・わかったわ」
アンナは、笑いをこらえて返事した。
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アンナと父様-長いお話『人を愛するということ』 |