人を愛するということ

9、ゆうげの時間


「幸せのすがたが〜♪ ほら、見て〜明日が〜♪」

アンナは、空腹をがまんするために、歌を歌いながらクラトスの帰りを待っていた。

クラトスは、このところ毎日のように出かけては、世界を平和に導くために必要な何かをさがしているらしかった。アンナも一緒について行きたいと言ってみたが、天使言語が分からないと役に立たないと、あっさり断られてしまったのだ。

しかし、毎日きちんと夜には帰ってくるので、アンナは、毎晩ごはんを用意していた。

「クラトス、まだかなあ・・・・・・・」

先に食べてしまいたい。アンナは、テーブルの上にならんだ食事をじっとながめて、ため息をついた。

「赤ちゃんが、お腹がすいて泣く気持ちが、よ〜く、わかったわ・・・・・・・・・・」

アンナは、本当に泣きそうになってテーブルにつっぷした。

実はアンナは、いつもなら平気で先に食事をすませていた。しかし、どういう心境の変化か、今日は、クラトスの帰りを待って一緒に食べたいと思ったのだった。

テーブルにほほを置いた姿勢でぼんやり前を見ると、クラトスお手製のゆりかごがあった。ここからではよく見えないが、その中で、赤ちゃんが気持ちよく眠っているはずだ。

それにしても、よく出来たゆりかごだ。アンナは、あらためて感心した。

(クラトスって・・・・・器用よね・・・・・・・・・・)

アンナも指先の器用さには自信があったが、クラトスはアンナのさらに上をゆく器用さを持っており、たいていの生活雑貨は自分で作ってしまうのだった。

(・・・・・いい・・・・・だんなさんに・・・・・なれるわね・・・・・・・・・・・)

アンナの意識が遠くなっていく。

いつの間にか、アンナは、深い眠りに落ちていた。


「・・・・・・・アンナ、アンナ!」

アンナは、クラトスの声で目をさました。いつの間に眠ってしまったのだろう?ぼんやりと目を開けると、目と鼻の先に、心配そうにのぞきこむ赤い瞳があった。

「・・・・・・・・・・無事か?」

低い声がやさしくひびく。その表情は緊張(きんちょう)で張りつめているように見える。何をそんなにあわてているのだろう?そう思ったアンナは、のんびりと返事した。

「おかえり〜クラトス。わたし、おなかすいたな・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

ふっ。鼻で笑ったクラトスが、まゆをしかめて口のはしを上げた。おこっているのか、あきれているのか。それは、これまでのアンナには分からない「ナゾ顔」のひとつだったが、アンナは、今、やっと分かった。

安心しているのだ。

クラトスは、やれやれとため息をついて言った。

「食事も取らずテーブルにつっぷしているから何事かと思えば・・・・・・・寝ていただけとはな」

そう言ってから、クラトスは、気づかうようにたずねた。

「しかし・・・・・・・どうしたのだ?おまえが食事をしないとは・・・・・・・」

「うん。まっていたの」

「・・・・・・・・・・?」

クラトスが、目を見開いた。

「・・・・・なぜだ?」

いつもなら、しっかり先に食べているではないか。クラトスの瞳はそう言っていた。

(・・・・・ああ、わたしって、そんなに食い意地のはったイメージが定着しているのね・・・・・・・・・・・)

アンナはがっかりしたが、顔を上げて大きくのびをして言った。

「あなたと一緒に食べようと思って・・・・・ダメ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

クラトスが、いぶかしげに目を細めた。

「・・・・・今度は何をたくらんでいるのだ?おまえが私によくしようという時には、いつも何か裏心があるだろう?」

「う・・・・・・・・・・・・・・・」

アンナはその言葉に深く傷ついた。しかし、よくよく思いかえしてみると、確かにその通りだった。

(ああ・・・・・わたしって・・・・・サイテー・・・・・)

仕方ない。これまでがそうだったのだから。これから名誉(めいよ)を回復すればいいのだから。

アンナはそう思って気分を立て直すと、にっこりと笑って言った。

「今回は、理由はないの。ただ、あなたと一緒にごはんを食べたいなって思っただけで・・・・・」

「そうか・・・・・・・・・・・」

クラトスは短くうなづくと、少し困ったように視線をそらしてつぶやいた。

「・・・・・それはすまなかった。ずいぶんと待たせたな・・・・・・・・・・」

「ううん。それより、はやく食べましょ♪」

アンナはクラトスにイスをすすめ、彼が席に着くと、さっそく手を合わせた。

「いっただっきま〜す♪」

「・・・・・・・ちそうになる」

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