人を愛するということ

12、対峙


「わすれない、その幸せの日々〜♪」

アンナは、気分よく歌を歌いながら あみものをしていた。食事の後、すぐ休むようにクラトスから何度もきつく言われたが、今晩中に、どうしても仕上げたかった。

(だって・・・・・お母さんがむかえに来たら、二度と会えないじゃない)

アンナがあんでいるのは、赤ちゃん用のぼうしだった。

クラトスは さっきからずっと、アンナに背を向けてゆりかごとにらめっこをしている。赤子の世話といっても、つきっきりでそばにいる必要はないと、いくら言ってもきかないのだ。

(クラトスって、本当にいい人ね。わたしには、もったいないぐらいだわ)

(だけど・・・・・・・・・・・・)

ふと、アンナの心に ある疑問がうかぶ。

(彼は指輪をくれたけど・・・・・・・それらしいリアクションって、全然ないわよね)

もしかしたら・・・・・・・・・・・・・・・・

アンナは、一瞬どきりとして指を止めた。

(まさか・・・・・・・婚約も、結婚も・・・・・子供の作り方も、ちがうとか!?)

そんなバカな。そうは思うが、これまでに何度も互いの国の風習のちがいで痛い思いをしてきたアンナは、たずねずにはいられなかった。

「ねえ、クラトス。教えてほしいことがあるんだけど・・・・・・・いい?」

「・・・・・・・・・・なんだ?」

大きな背中が、ぼそりと答える。

アンナは、まっ赤になりながら、がんばって言った。

「あのね・・・・・・・あなたの国で、指輪をあげた後はどうするの?・・・・・・・その・・・・・流れというか、手順みたいなことがあれば、知りたいんだけど・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

クラトスは、なかなか答えようとしない。

アンナは、思いきって続けた。

「あの、あのね・・・・・ルインではね、恋愛結婚もできるんだけど、指輪をたくさんもらった人は、相手を選ぶことができるの。それで・・・・・・・・・・あっ!」

あわてて口を閉じたが、おそかった。

(しまった・・・・・!)

アンナはくちびるをかんだ。指輪のことは、絶対に知られたくなかったのに・・・・・

案の定、クラトスの背中が大きくゆらいだ。

ゆっくりとふりむいたクラトスは、さも皮肉めいた笑みを口元にうかべていた。

「フ・・・・・・・・・・おまえの国では、指輪の数が多ければ多いほど、己(おのれ)の身が高く売れるというわけか。・・・・・・・なるほど。喜んで受け取るわけだな」

「あ、あの・・・・・・・・・・・・」

体中がしびれるほどの いかりのマナを感じたアンナは、小さな体をさらに小さくしてクラトスを見た。彼はいつでもおこったような顔をしているが、それは、あくまでポーズで、本気ではないということを思い知らされる。

クラトスは冷ややかなまなざしでアンナを見ていたが、口からもれたのは、おどろくほど感情的な声だった。

「・・・・・それで?おまえは、何を知りたいのだ?私がやった指輪も勘定(かんじょう)に入るか、確かめるのか?」

「ちがう!」

アンナは、いっぱいのなみだをうかべて否定した。

「ちがう?何がちがうのだ。おまえは知らなかったのだろう?指輪の意味を」

「・・・・・・・・・・・・」

痛いところをつかれたアンナがだまりこむと、クラトスは、長い長いため息をついて言った。

「残念だが・・・・・その指輪は、勘定に入る。これからも、せいぜい精進するんだな」

(・・・・・クラトス!)

アンナは、悲鳴をあげる胸をおさえて、あふれるなみだをぬぐった。本当は、泣きたいのは自分ではない。クラトスの悲しみに、アンナが共鳴しているのだ。

アンナは、よろよろとクラトスに近づいた。

気配を感じたクラトスが、剣をぬいた。

「・・・・・・・近づくな・・・・・・・・・・・・・・・・」

びりびりとした気が部屋中にはりつめる。あと一歩でも近づくと、本当に切られるかもしれない。

「クラトス・・・・・・・・・・聞いて」

アンナは、なだめるように言って指をのばした。しかし、返ってきたのは、いかりに満ちたさけびだった。

「動くな!聞きたくなどない!」

「聞きたくない・・・・・・・・・・・?」

目を丸くしたアンナは、思わずふきだしてしまった。このような時なのに、なぜだか、うれしくて仕方がなくなってしまったのだ。

聞きたくない。それは、冷静な意見から かけはなれた私情だ。

クラトスが、いつも客観的ですばらしい意見ばかり言うのは もはや性格で、本人も、それが息をすることと同じぐらい自然なのかもしれないと思ったが、自分の感じたことを口にすることもできるのだ。

いや・・・・・それこそが、本来のクラトスなのだろう。だれよりも繊細(せんさい)で傷つきやすく、だれよりも、深くてやさしい心をもつ男・・・・・

クラトスを見つめるアンナの心に、新しい気持ちが生まれる。

いとおしい。

なんて、いとおしい存在なのだろう。

自分の全てをささげても、なお、あまるほどに・・・・・

「クラトス・・・・・・・」

アンナは、両手を広げて、目をとじた。

「・・・・・・・・切りたければ・・・・・・・・・・・・・・・どうぞ」

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