11、クラトスの気持ち
クラトスが出て行ってから少しして、突然、とびらをノックする音が響いた。
(きゃあっ!)
こんな時間に、しかも、このような場所にやって来る者などあるはずがない。おどろいたアンナは、そっととびらに近づいて、すき間から外の様子をうかがってみた。
(・・・・・・・・・・・・あれ?)
目に映ったのは、見慣れたこん色の服。先ほど出て行ったばかりの彼にちがいない。アンナは勢いよくとびらを開けて、目の前に立つクラトスに笑いかけた。
「もう、ノックなんてするから、びっくりするじゃない!」
「・・・・・・・・・・・すまない」
そうつぶやいて、しかし、クラトスは小屋の中に入ろうとしない。
クラトスは、こしに下げた剣をすらりとぬいて、彼女の目の前に高々とかかげた。
「なっ、なに?急にどうしたの?」
アンナはあわてて剣をおさめさせようとしたが、あまりに真剣な瞳に見つめられて動けなくなってしまった。
クラトスは、低い声で、慎重に言った。
「私の国では、未婚の男女が同じ屋根の下で一晩を過ごすことを禁じられている。しかし、今は・・・・・やむをえない。・・・・・私は、この剣に誓う。今宵、一切、おまえには・・・・・」
言葉がとぎれる。
クラトスは、大きく息をすうと、剣をふりあげ、力まかせに床をつきさした。
「・・・・・おまえには、指一本ふれぬ。だから・・・・・・・安心しろ」
「はあ・・・・・・・・・・・」
すっかりあっけにとられたアンナは、そう返事するのがやっとだった。ルインでは、そのような決まりはなかったからだ。
(別に、かまわないんだけど・・・・・・・・・・・・)
(もしかして・・・・・・・・・・・)
クラトスが言いにくそうにしていたのは これではないか? そう思い当たったアンナは、なんだか急におかしくなってしまった。
むしろ、何かしてくれてもいいのに。
いつもの冗談(じょうだん)でそう言おうとしたアンナは、とっさに口をおさえて言葉をのみこんだ。
(ダメダメ!また彼が飛んで行っちゃう!)
せっかくスムーズに事が運ぼうとしているのに、わざわざぶつかることもないだろう。今は、彼の心をしっかりと受け止めなければ。
そう思ったアンナは、にっこりと笑って言った。
「ありがとう、クラトス。わたし、あなたを信じるわ」
「・・・・・・・・・・そうか」
安心した様子で、クラトスは、小さくため息をついた。
しかし、クラトスがまだ小屋に入ろうとしないので、いいかげんしびれをきらせたアンナは、ぐいっと彼のうでを引っぱって部屋の中へ入れた。
「早く入って!赤ちゃんがカゼをひいちゃう!」
「す、すまん・・・・・・・・・・」
はじかれたようにクラトスが手を引いた。
「あら。あなたから手出しはできなくても、わたしからはかまわないのよ。だって、ルインには、そんな決まりなかったもの」
赤い瞳を見上げていたずらっぽく笑うと、クラトスは、今ごろ気がついたというように息をのんだ。
その反応がとてもおかしくて、アンナは声をあげて笑った。
「じゃあ、さっそくお言葉にあまえさせてもらって、わたしはのんびりさせてもらうわね。・・・・・だけど、その前に、食事をすませちゃいましょ。」
アンナはそう言って、再びテーブルについた。
P.11 1. 2. 3. 4. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 12. 13. 14. 15. 16. 17. 18. 19. 20. 21. 22. 23. 24. 25. 26. 27. 28. |
アンナと父様-長いお話『人を愛するということ』 |