人を愛するということ

19、決別


「来たぞ!」

ウイングがアンナに言った。

追っ手のディザイアンは、二手に分かれて はさみうちにする気のようだ。

アンナは、もしものために用意してきた小ビンをいくつも取り出して、ウイングに手わたした。

「これ、しびれ薬なの。はだにふれただけでキキメばつぐんだから、どこでもいいから、かけちゃって!」

「わかった!」

ウイングは、小びんを持って追っ手につっこんだ。

アンナは、もう一方の追っ手に向かって、思いきり高くビンを放り上げた。そして、すかさず魔法をとなえる。

「ライトニング!」

見事、かみなりを受けて割れたビンの中身が、追っ手の頭にふりかかった。

「うわあっ!」

追っ手は、見えないくさりにしばられたようにその場で立ち止まり、どさりと地面にたおれこんだ。

「・・・・・ごめんなさいね」

手を合わせてあやまると、アンナは急いでウイングを見た。ちょうど、ウイングも追っ手にビンを使ったところで、大げさなポーズをとったディザイアンが、ゆっくりと草の上にたおれる場面が見えた。

アンナは、こしに下げたポーチから小さな糸まきを取り出して、ウイングに手わたした。

「ウイングさん、これで、あの人たちをしばって。木からとった糸なんだけど、ちょっとヒミツがあって、簡単に切れないようになってるの」

「あなたは・・・・・」

ウイングがアンナの顔をまじまじとのぞきこむので、てれくさくなったアンナは、苦笑いしてみせた。

「ほら、はやくして!」

「ああ」

ウイングとアンナは追っ手を一ヶ所にまとめ、武器と防具を外すと、4人いっぺんに、糸がなくなるまで ぐるぐるまきにした。

「この糸は、悪さを考えているうちは、剣でも魔法でも切れないからね。早くにげるコツは、風と大地と同じ気持ちになることよ。仲間ってみとめてもらえれば、すぐに外れるから。じゃあ、がんばってね」

アンナは、しびれて動けないディザイアンたちにそう言うと、目の前の光景がまだ信じられないというように口を開いているウイングを見た。

「さ、行きましょ」

「・・・・・ありがとうございました」

ウイングが、ふかぶかと頭を下げる。

「そんな、わたし、なんにもしてないわ」

しびれ薬は山のキノコを加工したものだし、糸は木からもらった。仕上げの力をかしてくれるのは、大地と風だ。自分では何ひとつしていない。そう思うアンナは、両手をふって謙遜(けんそん)した。

「それより、早く行きましょう。時間かせぎがどのぐらいもつか、わたしには分からないわ」

「はい!」

二人がハコネシア峠に向かうと、ニオイをかぎつけたノイシュが、飛んでむかえに来てくれた。

「アンナーッ! アンナアンナアンナアンナアンナ!!!」

「きゃあっ!ノイシュったら、大げさよ!くすぐったいってば!あははは!」

どかりとだきついて顔中をなめられたアンナは、くすぐったくて大笑いした。

その様子をにこやかに見ていたベスが、ふいに、おどろいて目を見開いた。

「・・・・・アンナさん? あなた、顔が・・・・・」

「あ・・・・・いっけない!」

ノイシュが顔をなめたので、へんそうが落ちてしまったのだ。

「ノイシュ〜!」

「ごめんなさい〜・・・・・」

アンナは、てれ笑いして、言った。

「実はね、わたしも、追われている身なの」

「あなたも・・・・・」

ベスの瞳に、なみだがうかぶ。

「ちょ、そんな、悲しいことばかりじゃないんだから、泣かないで」

そう言ってアンナがなぐさめると、ベスは、アンナの手を強くにぎって頭を下げた。

「ハーフエルフであっても、命の重さは人間と同じ・・・・・わたし・・・・・あなたの言葉は、一生わすれません」

「ベス・・・・・そうだ!」

大切なことを思い出したアンナは、ポケットから小さなネコ耳のぼうしを取り出した。ゆうべ、がんばって仕上げたのだ。

「これ、クリスにあげる」

ぼうしをかぶせてやると、クリスは、声をあげてうれしそうに笑った。

アンナは、三人と別れる前に、せんべつといって、お得意のへんそう術をほどこしてやった。ベスとウイングは、あっという間に よぼよぼの年寄りになり、クリスにいたっては、毛むくじゃらの大きな白いネコに変身した。

「いたたた・・・・・もう、アンナったら、これが、いっぱいのお礼なわけ?」

あちこち毛をむしられたノイシュが、うらめしそうにアンナを見る。

「ごめんなさい。人助けだと思ってガマンして」

アンナは、よしよしとノイシュの鼻をかいてやった。

「本当に、本当にありがとうございました」

ベスとウイングは、なごりおしそうに、何度も何度もふり返りながら去って行った。

二人の姿が消えても、その方向をじっと見送っていたアンナが、ぽつりとつぶやいた。

「さみしく・・・・・なるね」

「赤ちゃんなら、クラトスに たのんでみたら?」

ノイシュが しっぽをぱたぱたとふって言う。

「私の知ってる方法だったらいいんだけど・・・・・」

「え?」

アンナのつぶやきが聞こえなかったノイシュが聞き返すと、ほほを赤くしたアンナは、ノイシュの鼻をぱちんと指ではじいた。

「・・・・・さ、帰りましょ」

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