人を愛するということ

2、赤ちゃん


木のてっぺんに近い場所に来て、アンナは、ようやく赤ちゃんに会うことができた。赤い布はおくるみで、たっぷりとある布が枝に引っかかったおかげで地面に落ちずにすんだのだ。

見たところ、赤ちゃんは人間の子供らしかった。小さな顔をのぞいてみると、きらきらと光るつぶらな瞳がアンナを見た。

「うわあ・・・・・かわいい!」

アンナは赤ちゃんをそっとうでにだき、けがをしていないか確かめた。そして、不気味な石が体についていないかも・・・・・・・・・・

幸い、赤ちゃんは、けがもしていないし、人間牧場で実験体にされた様子もなかった。

アンナがほっとため息をつくと、赤ちゃんは、火のついたようになき出してしまった。

「どうしたの?」

心配したノイシュの声が木の下でひびく。

アンナは、心配をかけないように、できるだけ明るい声で言った。

「大丈夫よ。 きっと、お腹がすいているんだわ」

(とはいえ・・・・・・・・・・・)

アンナは言ってから困ってため息をついた。大家族で育ったアンナは、赤ちゃんのめんどうを見るのは慣れていたし子供も大好きだった。しかし、この子は、どこから見ても乳児・・・・・まだ、お母さんのおちちしか口にできない大きさだ。

「生まれてすぐなのに、たいへんね」

アンナは、そっと赤ちゃんをだきしめた。

「さて・・・・・」

いざ、木を降りようとしたものの、赤ちゃんをだいたまま無事に地面にたどりつくのは難しそうだ。そう思ったアンナは、無理するのをあきらめてノイシュをよんだ。

「ノイシュ〜。おりれなくなっちゃった。悪いんだけど、彼をよんでくれない?」

「クラトスを?うん、わかった!」

返事があってすぐ、ノイシュの遠ぼえが辺りにひびいた。

クラトスは、アンナといっしょに旅をしている、いわゆる道連れだ。二人は同じ目的を持つことから一緒に旅をするようになったが、彼は彼で、アンナはアンナで、それぞれおたずね者としてディザイアンに追われており、二人は、目的を果たすために協力し合いながら世界中を転々としていた。人種、性別、年令のかきねをこえた・・・・・同志として。

ノイシュが何度か遠ぼえをしているうちに、せっぱつまった低い声が空からひびいた。

「ノイシュ!どこだ?」

「クラトス!こっち、こっち!」

クラトスはふわりと地面に降りると、背中にのばした羽を消すのも忘れてノイシュにかけよった。

「どうしたのだ?アンナはどこだ?」

「あそこだよ〜」

ノイシュが鼻で上をさす。その方向を見ると、木の上でのん気に手をふっているアンナが見えた。

「クラトス〜たすけて〜」

「・・・・・どうやって登ったのだ?」

クラトスはあきれた様子でつぶやいたが、すぐに地面をけってアンナの元へ飛んだ。

「ありがとう。本当に助かったわ」

アンナの笑顔を見てほっと安心しかけたクラトスだったが、彼女のうでにだかれた赤ちゃんを見たとたん、こわもての顔が、いっそうけわしくなった。

「・・・・・なんだ、それは」

「え? 赤ちゃんよ」

「見ればわかる。私は、どうして赤子をだいているのかとたずねているのだ」

「どうしてって・・・・・かわいかったから・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

どうも話がかみ合わない。

クラトスは やれやれと頭をふると、ひとまずアンナをだきかかえて、木の上から降ろしてやった。

地面に足をつけたアンナは、いきなり赤ちゃんをクラトスにおしつけると、そのままノイシュの背中に飛び乗った。

「ノイシュ!急いでアスカードへ行ってちょうだい!」

「え? どうして?」

「わけは、とちゅうで話すわ!」

「ま、まて、アンナ!」

その場に取り残されそうになったクラトスが声をあげると、アンナは、ふり向いて言った。

「クラトスは、その子を連れて小屋に帰ってて!わたしはミルクを買ってくる!その子はまだ離乳(りにゅう)してないから、食べ物あげちゃダメよ!帰ったら、体を洗ってあげて!ないたらお白湯(さゆ)をあげてみて!あとはよろしくね!」

それだけ言って、アンナは姿を消した。

「よろしく・・・・・・・・・だと?」

残されたクラトスは、赤ちゃんをだいたまま、ぼうぜんとその場に立ちつくしていた。

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