人を愛するということ

15、パルマコスタへ


よく朝、アンナは、部屋中に広がるこうばしい香りで目をさました。起きたばかりでかすむ目をこすると、白いけむくじゃらの足が、目の前を ぱたぱたと通りすぎて行った。

「クラトス〜、薬草、これぐらいでいい?」

「ああ。ありがとう」

クラトスの声だ。アンナは、どきりとして毛布をかぶった。クラトスはいつも夜になったらどこかへ出かけ、朝は、アンナが起きてからもどって来ていたので、こんなことは初めてなのだ。

(なんだか・・・・・起きにくい・・・・・)

寝起きの顔を見られるのがはずかしいアンナは、そのまま二人の様子をうかがった。

「・・・・・今日は、ユミルへ行こうと思う」

クラトスの低い声が、耳に心地よくひびく。アンナは、うっとりと聞きほれながら考えた。

(ユミルって どこかしら?聞いたことないわね・・・・・)

「ユミル?今日中に帰れるの?」

ノイシュがたずねる。

「むずかしいが、夜おそくにはもどれるよう努力する」

「ひとばんぐらい、かまわないよ〜」

ノイシュがのん気に言うと、少しの間があって、クラトスが言った。

「放っておくと、あれが何を始めるか分からんではないか」

「う〜ん、それは言えてる〜」

(あれ? あれって、だれ?)

アンナは、自分が話題のタネになっているとは思いもしないで首をかしげた。

ところで、二人は一体なにをしているのだろう?気になったアンナが そろりそろりと毛布を下げてみると、あぐらの上に赤ちゃんを寝かしたクラトスが、部屋のすみで赤ちゃんの髪をすいてやっているところだった。

(うわあ・・・・・)

ほのぼのした光景に感動したアンナが目を見開くと、ふせていた赤い瞳が急にアンナをとらえた。

「起きたか・・・・・ゆうべは よく眠れたか?」

「あっ、うん・・・・・」

アンナは、頭から毛布をかぶったまま、ごそりと起き上がった。

「・・・・・なにをしているの?」

クラトスは、せんじて粉にした薬草を赤ちゃんの頭にかけながら静かにブラッシングしている。アンナも薬草にはくわしいと思っていたが、これは、かいだことのないにおいだ。

「これは、吸血虫を殺すための薬だ。むろん、赤子に害はない」

「へえ〜・・・・・」

アンナは、すっかり感心してため息をついた。

「そうだ。 クラトス、あのね」

そういえば、ゆうべ話そうとして忘れていた大事なことを思い出したアンナは、クラトスが出かける前に伝えておこうと思って口を開いた。

「わたし、今日も、赤ちゃんのお母さんをさがしに行こうと思うの」

「・・・・・どこまで行く気だ?」

「ええと・・・・・ハコネシアとうげ・・・・・かな」

アンナは、もじもじと言いにくそうに言った。本当は、もっと先まで行く気だったが、それを言えば許してもらえないのは目に見えていたので、とりあえず、始めに行く場所を伝えた。

クラトスは、アンナの瞳を静かに見ていたが、しばらくして、気づかうように言った。

「・・・・・そうか。くれぐれも気をつけるのだぞ」

「・・・・・はいっ!」

クラトスは、赤ちゃんの髪をきれいにすいてやると、次に朝食の用意をして、アンナと一緒に食べた。 そして、食事がすむと、すぐに身じたくをすませて出かけて行った。

「行ってらっしゃ〜い」

アンナは、森の奥へ消えていく後ろ姿が見えなくなるまで手をふって見送った。

「・・・・・さて、これからが本番よ〜!」

「アンナって、本当に、こういうの好きだね・・・・・」

ノイシュがあきれて言ったが、アンナは急いで老婆にへんそうすると、赤ちゃんを連れ、ノイシュの背中に乗って出発した。

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