人を愛するということ

20、クラトスの決意


クラトスが小屋にもどったのは、夜もふけたころだった。

上空から小屋をながめると、部屋の明かりが消えている。小屋の入り口でノイシュがまるまっているので、アンナは先に休んでいるのだろう。安心したクラトスは、小さな庭にゆっくりと降り立った。

「・・・・・ノイシュ」

静かに声をかけると、ぴくりと耳を動かしたノイシュが、ねぼけまなこでクラトスを見上げた。

「クラトスかぁ〜おかえり〜」

ノイシュは、のそりと立ち上がってその場をあけようとしたが、クラトスが、手をのばしてそれを制した。

「いや・・・・・そのままでいい」

「どうしたの?」

どうも、クラトスの様子がおかしい。

ノイシュが首をかしげると、クラトスは、真剣なまなざしで長年の友を見つめて言った。

「おまえに・・・・・たのみがある」


「ふわああぁ〜」

気持ちのよい目覚めをむかえたアンナは、天井に届くのではないかというぐらい、うんとのびをした。

「赤ちゃんの、おしめをかえないと・・・・・」

ずるずるとはってゆりかごをのぞきこむと、そこに、赤ちゃんの姿はなかった。

「・・・・・そっか。 そうだっけ」

クリスは、もういないのだ。やっと昨日のことを思い出したアンナは、お母さんが見つかったことをクラトスに報告しようと思って立ち上がった。

「クラトス、おっはよ〜」

「・・・・・ああ」

クラトスは、庭にテーブルを出して、朝食の準備をすっかりすませてアンナを待っていた。

「クラトス、聞いて。赤ちゃんのお母さんが見つかったの!なんと、お父さんもよ!」

アンナがイスに座って言うと、クラトスは、コップに水を注いで言った。

「・・・・・そうか」

「・・・・・?」

アンナは、どこかおかしな気がしてクラトスを見た。その様子も言葉も、ふだんと変わりはないが・・・・・

しかし、次にクラトスの口からもれた言葉を聞いて、アンナの疑問は、いっぺんに頭から消えてしまった。

「・・・・・アンナ。今晩、アスカードで祭りがあるそうだ。おまえに興味(きょうみ)があれば、行ってもいいぞ」

「ええっ!ほんと?行きたい!」

アンナは、大喜びしてクラトスを見た。いつもなら、人の集まる場所に行くことをなかなか許してくれないというのに、今日は、どうしたのだろう?

「ただし・・・・・」

クラトスは、手に持ったグラスに向かって言った。

「私も同行するが・・・・・かまうか?」

「ええっ!?」

アンナは、思わず立ち上がって大きな声をあげた。一体、これから何が始まるというのだろう。

「どうしたの?どういうつもり?一体、なにがあるの?」

アンナが一度にたずねると、クラトスは、どきりとするほど深刻な顔をして言った。

「そこで・・・・・おまえに、話がある」

「今じゃダメ?」

アンナは、話ぐらいここですればいいと思って言ったが、クラトスはグラスの水を一気に飲みほすと、静かに立ち上がった。

「・・・・・私は、これからでかける。日のしずむころむかえに来るから、準備をすませておけ」

それだけ言うと、クラトスは、アンナに背を向けて小屋の中へ入って行ってしまった。

「・・・・・へんなの」

クラトスの真意がつかめないアンナは首をかしげたが、一緒に祭りに行けるという事実は、彼女の心を十分おどらせた。よくよく思い出してみると、祭りに行くのは何十年ぶりだろう? しかも、二人での参加だ。これでは、まるでデートではないか。

そう思ったアンナの心が、どきりとはねる。

(もしかしなくても・・・・・デートかしら?)

(・・・・・あ、でも、ちょっとまって。彼の国では、他の意味があるかもしれないじゃない?)

これまでの経験からすっかり文化不信(?)になったアンナは、期待半分、それ以外の気持ち半分で、しかし、お祭りだけは、存分に楽しむ意気ごみを固めたのだった。

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