1、木の上の落し物
雲ひとつない、よく晴れた日の朝・・・・・・・・・・・
アンナはノイシュと二人で山に入り、朝つゆにぬれた山菜をつんでいた。
めずらしいキノコをさがすために においをかぐことに集中していたノイシュが、ぴくりと耳をたてて顔を上げた。
「・・・・・・・あれ?」
(どこかで、赤ちゃんがないてる・・・・・・・?)
最初は聞きまちがいだと思ったが、耳をすましてみると、布を引きさくような声が、今度は、はっきりと聞こえてきた。動物の赤ちゃんが母親に置きざりにされたのか、それとも、道に迷ったのか・・・・・・・
(だけど・・・・・・・この声って・・・・・・・・・・・)
かすかに届く声を聞きながら、ノイシュはどうもおかしな気がして首をかしげた。声は聞きなれたものなのだが、このような場所で聞こえるということに違和感があるのだ。
(この声は・・・・・たしか・・・・・)
(・・・・・ヒトだ!)
あわてたノイシュは、すぐそばで山菜をカゴに入れている老婆を見た。
「アンナ!」
「どうしたの?」
老婆がふり返る。声は若々しいが、しわしわの顔にまっ白い髪、すっかり背中がまるくなった彼女は、どこから見てもおばあさんにしか見えない。それは、アンナお得意のへんそうだった。アンナはディザイアンに追われているため、出かける時は、いつもへんそうをしているのだ。
ノイシュは、耳をすましながら言った。
「どこかで、ヒトの赤ちゃんがないてるよ!」
「赤ちゃんが?」
アンナの顔色が変わった。
二人がいるのは、人里はなれた山奥だ。このような場所に人間がいるだけでも不思議なのに、赤ちゃんがいるなんておかしいとしか思えなかった。
「ノイシュ!行ってみよ!」
「うん。乗って!」
ノイシュはアンナを背中に乗せると、声の聞こえる方向をめざして走った。
ノイシュは、木々の合間をぬって走る。道もない道を迷うことなくかけぬけて、うっそうとした森のまん中で、彼は止まった。
「ふぁ・・・・・ふぁ・・・・・」
はっきりと聞こえる泣き声は確かに人の赤ちゃんらしかったが、どこを見ても姿が見えなかった。
「・・・・・この辺だと思うんだけどなあ?」
ノイシュは、きょろきょろと辺りを見まわしてみる。
アンナも、ノイシュとちがう場所に目をやって・・・・・ふと視界に入った赤いものに気がついて息をのんだ。
「ノイシュ!上よ!」
「へ?」
二人が空をあおぐと、そこには、おおいしげった木々の葉があるばかりだった。しかし、よく目をこらしてみると、うすぐらい森の中に一点だけ、あざやかに色づいた場所があった。
それは、まっ赤な布だった。木に引っかかった布の合間から、空に向かってのびた小さな手が見える。
「見つけた〜っ!」
ノイシュが、大きな声をあげて木の根元にかけよった。
アンナも うんと首をのばして頭を後ろに引っぱったが、赤ちゃんは、そこからは見えないぐらい高い場所にいた。
「・・・・・どうやってのぼったのかしら?」
アンナは首をかしげて考えたが、それよりも、赤ちゃんを助ける方が先だと思ってノイシュを見た。
「ねえ、ノイシュ。木のぼりは、とくい?」
「えっ?ぼく、こんな大きな体だもん。のぼれないよ〜!」
「しかたないわね・・・・・」
そう言ってノイシュの背中から降りたアンナは、しんちょうに木をのぼり始めた。
「大丈夫?落ちないでよ〜」
「落ちたら、あなたが受け止めてね♪」
と言いながら、アンナは、するすると木をのぼった。
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アンナと父様-長いお話『人を愛するということ』 |