人を愛するということ

7、アンナのかんちがい


「アンナ、大丈夫? どうしたの?」

心配したノイシュが、ぺろぺろとアンナのほほをなめる。

アンナは、自分の右手に光る指輪を確かめようとしたが、がくがくとうでがふるえて力が入らない。

(ああ・・・・・まさか・・・・・そんな・・・・・)

体中から火が出そうなほど血が熱い。しかし、彼女の心は冷えきっていた。

(・・・・・クラトス・・・・・・・・・・そう・・・・・なの?)

よろよろと視線をやると、ようやく指輪が目に入った。クラトスが、自分にくれた要の紋(かなめのもん)。そして、それは、特別な想いがこめられたプレゼントでもあった。

しかし・・・・・・・・・・・

「・・・・・ノイシュ」

「なに?」

ようやく声を出したアンナは、心配そうに自分をのぞきこむノイシュにたずねてみた。

「クラトスの国では・・・・・右手の薬指にする指輪の意味は・・・・・・・・・・・・なに?」

「え?ルインもいっしょだって、アンナ、自分で言ってたじゃない?」

ノイシュが大きな瞳をくるりと動かして言った。

クラトスの国では、心に決めた唯一の女性に指輪をおくる風習がある・・・・・・そう言っていたのは、クラトス本人だ。

アンナの生まれ育ったルインでもまた、男性が心に決めた女性に指輪をおくる習慣があった。だから、アンナは指輪をもらえてうれしかったし、喜んで受け取った。

しかし、ルインでは、指輪をもらって子供ができることは、まず・・・・・ないのだ。そして、指輪は、もらう数が多いほど、将来『良い結婚が出来る』と、いわれていた。

(ああ〜っ・・・・・わたしったら、なんてバカなの〜っ!)

今になって思えば簡単に気がつくのに、あの時のアンナは、大切なことを聞きもらしていた。

「唯一」という言葉を・・・・・

アンナは、今さらかくしても仕方がないとかんねんして言った。

「もしかして、ちがったかも・・・・・・・・・・」

「えええ〜っ!!!」

ノイシュが、おどろきのあまり ぴょんと飛びあがった。

「ななな、なに言ってるの?クラトスは、すっかりその気なのに!!!」

仰天(ぎょうてん)するノイシュを見たアンナは、泣きたくなってしまった。最悪の予想が当たりそうだ。

アンナは、いちかばちかで、大げさにたずねてみた。

「もしかして、この指輪の意味って・・・・・けっこん・・・・・?」

「ちがうよ〜!」

ノイシュがすぐに答えてくれたので、アンナは、少しだけほっとした。

しかし、次の言葉で、アンナの予感は見事に的中する。

「婚約だよ。こ・ん・や・く!」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

婚約。それは、結婚しましょうという約束だ。意味としては、結婚と変わらないではないか。

アンナは、自分のかんちがいが生んだ結果の重さにたえきれなくなって、がっくりと地面に手をついた。

「・・・・・アンナ?」

ノイシュが、アンナの顔をやさしくのぞきこむ。

アンナは、大丈夫だと笑ってみせた。そして、両手を合わせてノイシュをおがむ。

「お願い・・・・・彼には、ナイショにしておいてくれる?」

「・・・・・とても言えないよ〜そんなこと!」

ノイシュは、ぶるると毛をさかだてて言った。

ちょうどその時、赤ちゃんを連れた女性が小屋の中から姿を現した。

「アンナ! あの人が来たよ!」

「え?」

アンナは、あわてて立ち上がると、女性にかけよった。

「おお・・・・・ありがとうございました」

見ると、赤ちゃんは、とても幸せそうな顔をしてすやすやとねむっている。アンナは、自分も幸せな気持ちになって思わずほほ笑んだが、はたとわれに返ると、赤ちゃんを受け取ろうとしないで言った。

「ぜひ、お礼をしたいのですが、あなたは、どちらからいらっしゃったのですか?」

「いえ・・・・・礼など、とんでもないです・・・・・」

女性が、やんわりとアンナの質問をかわす。アンナは、あきらめずにもう一言、口にしてみた。

「若い女性が一人旅ですか?ご主人は、どうされました?」

「主人は・・・・・子供といっしょに・・・・・なくなりました」

「・・・・・・・・・・それは、失礼なことを・・・・・」

お手上げだ。

アンナは、やれやれとため息をついた。

(やっぱり、わたしが育てるしかないのかしら?・・・・・・・・・・でも、それじゃあ、きっと、すぐにディザイアンにつかまっちゃうわ・・・・・)

(ディザイアンに・・・・・?)

ディザイアン。その言葉が、アンナに新しいアイデアをくれた。

アンナは、その場に泣きくずれるフリをして言った。

「最後におちちをもらうことができて、その子は、さぞ幸せでしょう・・・・・ううっ・・・・・・・」

「・・・・・うわ〜。ぼう読みだぁ〜・・・・・」

あきれたノイシュが、ぼそりとつぶやいた。

しかし、女性は、とたんに青ざめてアンナにつめよった。

「最後?どういうことですか?」

アンナは、はじを捨てて演技に熱を入れる。

「実は・・・・・明日の朝、この子をパルマコスタの人間牧場に差し出さないといけないんです。それで、わたしは、人間牧場へ向かう旅の途中でしてな・・・・・」

「・・・・・そんな・・・・・そんな!!」

女性の顔に絶望の色がうかぶ。人間牧場へ行くということは、命を失うことと同じだからだ。

母親ならば、死にに行く子供を見過ごすことはできないだろう。アンナは、母としての女性にかけた。

「他に、この子を育ててくれる心ある人がいればいいのじゃが・・・・・ハーフエルフであっても、命の重さは人間と変わらないというのに・・・・・冷たい世の中じゃの」

「・・・・・!!!」

女性が息をのんだ。

アンナは、今だと思って赤ちゃんを引きはなすと、とたんに火のついたように泣き出した赤ちゃんをかかえて頭を下げた。

「・・・・・それでは、そろそろ失礼しますじゃ。宿代がないので、森の奥にあるたきぎ小屋を宿にしていましてな。もう帰らないと、息子が心配しますゆえに・・・・・」

もう一度頭を下げて、アンナは、ふてくされながらふせたノイシュの背中に乗った。

「ノイシュ、できるだけ、ゆっくり行って」

こっそり言うと、ノイシュは、鼻でフンと答えた。

(お願い・・・・・ついてきて・・・・・)

アンナは、心の中で懸命(けんめい)に願った。

女性に、子供を取り返しに来てほしい。アンナのくわだては、ただ、それだけだった。

しかし、自分で言ったことだというのに、その後、どうしたらいいのか、アンナは、まったく考えていなかった。

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