人を愛するということ

3、二つの世界


「クラトス、ただいま!赤ちゃんは元気?」

お昼前にようやくもどったアンナは、とびらを開けるやいなや、買いこんだ荷物をドサリと落として赤ちゃんにかけ寄った。

「元気・・・・・とは、とてもいえんがな」

弱った口調でつぶやくと、クラトスは、うでにだいた赤子を差し出した。

アンナと別れた後、赤ちゃんを連れて小屋にもどったのはよかったが、赤ちゃんは、とたんにぐったりして泣き声ひとつあげなくなってしまったのだ。もう、体を洗ってやるどころではなく、どうすればいいのか分からないクラトスは、ずっと赤ちゃんをだいたまま、ただ、アンナの帰りを待っていたのだった。

「いやしの術をかけるしか、方法がうかばなくてな・・・・・」

クラトスの説明を聞いたアンナは、真剣な顔で赤ちゃんの顔をじっと見て・・・・・笑った。

「なんだ〜。ねてるだけよ♪」

「・・・・・・・・・・・そうか」

クラトスは、心の底から胸をなでおろした。もしや、大変なことになってしまったらと思うと気が気でなかったのだ。心配のあまり、何度もファーストエイドをかけたことだけはアンナにふせておくことにした。

しかし、いつだって そんなことにはおかまいなしなノイシュが、クラトスを見るなり告げ口する。

「あっ!クラトスのマナが弱くなってるよ〜。ファーストエイド使いすぎたんじゃない?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・///」

「えっ? 大丈夫?」

アンナが、心配そうにクラトスの顔をのぞきこんだ。

「心配にはおよばん!」

クラトスは、できるだけ下を向いて答えた。そうすれば、長い前髪にかくれて表情が見えないはずだ。

アンナは、さっき買い物してきたばかりの荷物の中からミラクルグミを取り出すと、クラトスに差し出した。

「おつかれさまでした。はい、これ♪」

「・・・・・えんりょする」

クラトスはぶっきらぼうに言ったが、アンナは、少しも気にしていない様子で続けた。

「あなたには、今すぐに手伝ってほしいことが山ほどあるの。だから、これを食べて元気になって」

「・・・・・・・・・・すまない」

かんねんしてグミを受け取る。しかし、クラトスは、それを口にしないでアンナを見た。

「・・・・・どうする気なのだ?」

「この子?」

「そうだ。まさか、おまえが育てるなどと言うまいな」

「そっか。その手があったわね♪」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

冗談(じょうだん)ではないぞ。

クラトスは、そう言いたいのをぐっとがまんしてのみこんだ。

二人は追われる身だ。手のかかる赤子を連れての逃亡生活は、どう考えてもリスクが大きすぎる。

アンナも、それが分かっているからこそ、とまどっていた。

勢いで赤ちゃんのお世話道具まで買ったのはいいが、これからどうすればいいのか・・・・・

アンナは、今さら困ってため息をついた。

「あとさき考えないで助けちゃったけど・・・・・」

「でも、ほっとけないよね〜。見つけちゃったんだもん!」

ノイシュが、アンナをはげますように言った。

「・・・・・そうよ、そうよね。見つけちゃったんだもん!」

そう言ったアンナは、さっそく元気を取りもどしてクラトスを見た。

「クラトス、お湯をわかしてくれる?わたしは、この子の服を作るから・・・・・・・・・・」

「・・・・・どうした?」

急にアンナがだまったのでクラトスが先をうながすと、アンナは、クラトスの胸元を指さした。

「おもらしされてるわよ。気がついてる?」

「・・・・・!?」

赤子に気を取られてまったく気がつかなかったが、見ると、確かに胸もとがぐっしょりとぬれていた。

アンナは、うれしそうに笑って言った。

「パパ失格ね。ほら、服を洗ってあげるからぬいで」

失格。それはアンナのいつもの冗談にちがいなかったが、なぜか今は、クラトスの心に深くつきささって彼を傷つけた。

「・・・・・断る。火を起こすのが先決だ」

ぶっきらぼうに言うと、クラトスは小屋を出て行った。

「・・・・・なに、カリカリしてるのかな?」

ノイシュが目をまるくしてアンナを見た。

「・・・・・さあ」

そう言って、アンナは ため息をついた。

「どうしたの?」

ノイシュがたずねる。

「ん?・・・・・なんだか、最近、彼がよく分からなくて・・・・・」

アンナは、荷物を整理しながら、めずらしく弱音をはいた。

二人が共に旅をするようになって、はや半年。

クラトスは、自分の意見はよく口にするが、それは大勢の人向けに作られたバランスのいい言葉を集めたもので、自分の本音をもらすことはなかった。

さらに、もともと無愛想だし、気むずかしいし、それなのにとても傷つきやすくて、まるで正反対な性格をもつアンナにしてみれば、クラトスの言動はナゾだらけなのだ。

それは、彼にしてもそうだろう。お互いさまだ。深く考えずにいこう。

そう思って、毎日を過ごしているアンナだったが・・・・・

「ねえ、ノイシュ。どうすれば、もっとクラトスと仲良くできるのかしら?」

「仲良く?」

ゆかにねそべったノイシュが、首だけおこしてアンナを見た。

「ぼく、思うけど、アンナが、もっとクラトスのことを好きになったらいいんじゃないかな?」

「もっと・・・・・好きに?」

「うん。アンナはさ、クラトスになついてるけど、もっと大事にしてあげたらいいのにって思うことあるよ」

「大事に・・・・・」

アンナは、意外な言葉を聞いて目を見開いた。

確かにアンナはクラトスになついているし、大好きだと思っていた。しかし、大事にするということは、あまり考えたことがなかった。

ノイシュは、耳をすましてクラトスの様子をさぐりながら続けた。

「クラトスはね、かなりがんばってアンナに合わせてくれてると思うんだ。本当は、子供も好きじゃないんだよ」

「・・・・・そう・・・・・なの?」

それなら言ってくれてもいいのに。アンナはそう思ったが、もし、彼が言ったところで、自分は聞き入れることができただろうか?答えはノーだった。

(わたし・・・・・自分のことばかり・・・・・考えてた・・・・・?)

アンナは自分自身にたずねてみた。

そういえばクラトスは、いつもアンナのしたいことを自由にさせてくれる。時には意見がちがっても、最後に折れてくれるのは、いつもクラトスだ。

自分の思い通りにいかない原因を相手に見つけようとしていたアンナは、反省してがっくりとかたを落とした。

「そっか・・・・・どうしてもっと仲良くなれないんだろうってずっと思ってたけど・・・・・わたしがいけなかったのね・・・・・」

「いけないことはないと思うよ〜」

ノイシュがのんびりと言ったところでバタンととびらが開いて、なみなみとお湯をはった大きなおけをかかえたクラトスが入ってきた。

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