人を愛するということ

6、アンナと母親


「アンナ! はやく、はやく〜っ!!!」

「ま、まってよ・・・・・ノイシュったら!」

ノイシュは、若い女性のかたに両足を置き、背中に頭をまわしてがっちりとはがいじめ(?)にして、女性が身動き出来ないようにしていた。

「す、すみません!・・・・・うちの犬が失礼を・・・・・」

アンナがそう言うと、ノイシュがほえておこった。

「いぬ〜っ!?ぼく、犬じゃないもん!」

「しっ!」

アンナが、あわててノイシュの背中をはたく。相手は、見たところ人間のようだったが、見た目は分からない人もいると話していたではないか。もしかして、相手がハーフエルフで、ノイシュの言葉が分かったとしたら、めんどうなことになりかねない。

アンナは、ノイシュに 「だまってて」と、耳打ちした。

「本当にすみません。大丈夫ですか?」

アンナは、ノイシュを引きはなして相手の顔を見た。

この子の母親ですか?

そう、聞くまでもなかった。

アンナとノイシュが、心の中で同時にさけぶ。

(うわあ・・・・・そっくり!)

赤ちゃんと女性は、一目見て似ていた。特に、目を見はるような美しい水色の髪は、親子とも、まったく同じ色をしている。

「あの・・・・・」

アンナは、次の言葉にこまってだまりこんだ。『この子の母親ですか?』そうたずねて返ってくる言葉を聞くのがこわかった。

しかし、女性は、とても愛しげに赤ちゃんを見つめ、何かをこらえるように言った。

「・・・・・かわいい赤ちゃんですね。・・・・・お孫さんですか?」

「なに言ってるのさ!自分の子供でしょう?」

ノイシュがキャンキャンとほえる。

「ノイシュ!お願いだから静かにして!」

アンナはノイシュの鼻先をぱちりとたたくと、赤ちゃんを差し出して言った。

「かわいいでしょう?だいてごらんなさい」

「え・・・・・」

女性は、明らかにこまった顔をして一歩後ずさった。しかし、アンナは、無理やり赤ちゃんをおしつけて、その場で思いついたことを言う。

「この子は、森の中でひろったんじゃ。だけど、なくなった孫にそっくりでのう・・・・・わたしが育てることにしたのじゃ」

「・・・・・・・・・・」

赤ちゃんをだいたとたん、女性の瞳から大つぶのなみだがこぼれ、後から後から流れ落ちた。

「・・・・・どうしたんじゃ?」

アンナは、もらい泣きしそうになるのを必死でこらえながらたずねた。それが、いい具合にのどをふるわせ、いかにも老婆らしい声になる。

女性は、泣きながら赤ちゃんをしっかりとだきしめて、何度も何度もほおずりして・・・・・言った。

「わたしにも・・・・・赤ちゃんがいたんです・・・・・でも・・・・・つい最近・・・・・死んでしまったんです・・・・・・・・・・」

「そうでしたか・・・・・」

アンナは、がっくりと心がしずむのを感じながらこたえた。母親に、名乗り出る気がないのを知ってしまったからだ。

しかし、女性は建物の裏からこっそり様子をのぞいていたし、赤ちゃんに接する態度を見ると、生まれたから捨てたというわけではなく、どうしてもやむをえない事情があって、なくなく手放したように思えた。

(ああ・・・・・どうしたらいいの・・・・・?)

どのような理由があっても、この子は母親に返すべきだ。そう思ったアンナは、なんとかしてこの場をつなごうと考えた。そして、ふいに思いうかんだ言葉を口にする。

「もしかして、あなたは、おちちが、まだ残っていますか?」

「え?」

「わたしは、この子におちちをやることはできんからの。かといって、人工のミルクばかりでも体に毒じゃ。もし、よければ、ばばのたのみを聞いてくれはせんかのう・・・・・」

アンナは、深々と頭をさげた。

女性はとまどいながらアンナを見ていたが、しばらくしてから、決心したように言った。

「わたし・・・・・わたしでよければ・・・・・」

「おお!・・・・・ありがとう!ありがとう・・・・・」

アンナは心から礼を言うと、女性を導きの小屋の中へ連れて行って、休けい場所で赤ちゃんをあずけた。それから、犬の様子を見てくると言って外へ出てみると、ぷんぷんとおこったノイシュが どかりと飛びついてきた。

「アンナッ!どうするのさ!!」

「ノイシュ・・・・・こっちへ来て!」

アンナは人気のない場所へノイシュを連れて行くと、彼のほほをつかんで顔を近づけた。

「どうしよう・・・・・どうしたらいいと思う?」

「ぼくは、あの人に赤ちゃんを返すのは反対!」

「え?どうして?」

アンナは、ノイシュの意外な言葉に目を丸くして首をかしげた。子供は何があっても母親と一緒にいるべきだ。アンナはそう考えていたからだ。

しかし、ノイシュの考えはちがった。母親でなくても、代わりに愛をもって育ててくれる人がいれば人間は立派に育つという実例を、彼は、これまでの人生でたくさん見てきた。そして、実の親元にいることで不幸になっていく人間も・・・・・・・・・・

ノイシュは、アンナにうったえるように言った。

「あの子は、アンナが育てたらどう?アンナとクラトスなら、きっと、あの子を幸せに出来ると思うよ」

「くっ、クラトス!?」

アンナは、すっとんきょうな声をあげて言葉を失ってしまった。

どうして、この場に彼の名前が出てくるのか。クラトスが子供を好かないと言っていたのはノイシュ本人だったはずなのに・・・・・・・・

それに、それにだ。なによりも・・・・・

アンナは、すっかり混乱してしまった自分を落ちつけようと、大きく息をすって言った。

「ノイシュ。わたしとクラトスはね、世界を平和にするっていう目的があるから、いっしょに旅をしているの。赤ちゃんを育てるためじゃないわ」

「えっ?どういうこと?」

ノイシュは、わけが分からないという顔をして低くうなった。

「アンナ・・・・・じゃあさ、赤ちゃんが出来たらどうするの?・・・・・まさか、アンナも、すてるなんて言わないよね?」

「赤ちゃんが出来る?いつ?だれの?」

アンナは、きょとんとしてノイシュを見た。一体、彼は、なにを言っているのだろう?

ノイシュもまた、アンナの反応にきょとんとして言った。

「え??赤ちゃんっていったら、クラトスとアンナの子に決まってるじゃない。アンナったら、ちょっとおかしいよ」

そう言って、ノイシュは笑った。

「わたしと・・・・・クラトスの・・・・・?」

まるで他人事のようにつぶやいて、もう一度頭の中でくり返してから、とたんにまっ赤になったアンナは、へなへなとその場に座りこんでしまった。

「・・・・・アンナ!?」

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