21、二人の時間
やがて日もくれようというころ、すっかり身じたくを整えたアンナは、今か今かとクラトスの帰りを待っていた。
「クラトス・・・・・おこらないといいんだけど・・・・・」
アンナは、自分の姿をながめてつぶやいた。目に映るのは、花で作ったブレスレットに、急いでそめ直したピンク色のワンピース。
アンナはいつも、人のいる場所へ行く時には老婆にへんそうしている。しかし、今日だけは、どうしてもこの格好がしたかった。クラトスの国ではどうか知らないが、ルインで男女が連れ立って祭りへ行くというのは、デート以外にはないのだ。
こんなチャンスは、もう二度とないかもしれない。そう思ったアンナは、思いきりめかしこんだ。
「おこられても、これで行っちゃうんだから」
アンナは、空を見上げて決意をあらたにすると、少しずれた花かんざしを両手で直した。
しばらくすると、庭でノイシュの声が聞こえた。
「おかえり〜、クラトス」
どきり。アンナの心臓が高鳴る。もう、後には引けない。アンナは、両手をにぎりしめて、とびらを開けた。
「・・・・・おかえりなさい」
アンナは、目の前に立つクラトスに言った。
クラトスの視線が、アンナに向けられる。
「・・・・・・・・・・!?」
アンナをとらえたクラトスの瞳が、大きく見開かれた。
髪をゆいあげ、くちびるに紅をさしたアンナは、一目見て、はっと息をのむほど美しかった。
「あの・・・・・これで・・・・・いい?」
あまりに真剣なまなざしで見つめられてはずかしくなったアンナが言うと、クラトスは、はじかれたように視線をそらして言った。
「・・・・・おまえが、良いというのなら・・・・・・・・・・」
「ありがとう!」
てっきりおこられると思ったアンナは、ほっと安心してほほ笑んだ。
しかし、一方のクラトスは、祭りに行くというのに、ふだんとまったく変わらない服そうだ。せっかくの機会だと思ったアンナは、勇気を出して声をかけた。
「クラトスも、髪型ぐらい、かえてみない?」
「いや、私は、このままで・・・・・」
案の定、クラトスが断ってくる。アンナは、もう少し話しかけてみた。
「きれいにして行かないと、わたしがはずかしいわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
わかった。
うつむいたクラトスが、声にならない声でつぶやいた。
アスカードは、古代の遺跡が街に残る、シルヴァラントでも有数の大きな街で、名所でのお祭りというだけあって、街中に、たくさんの人が集まってにぎわっていた。
「うわあ!楽しそう!」
アンナは、目の前にきらきらと光るたくさんの灯篭(とうろう)や、ずらりとならんだ出店を、片っぱしからながめて歩いていた。
「あっ、クラトス、あれ!あれ、おいしそう!」
組んだうでをぐいっとひっぱると、引かれたクラトスが、やれやれとため息をついてついて来た。
街に入ってすぐのころは、クラトスは、あちこち走りまわるアンナを見張るように、少し後ろを歩いていた。だが、なにしろ、アンナは目立った。一人でいると、次々と男がむらがるのだ。
「ごめんね〜。彼と来てるから♪」
アンナは、なれた様子で片っぱしからそでにふっていたが、あまりにもひんぱんでうっとうしいので、男よけにクラトスを借りることにしたのだった。
アンナは、大きな鉄板の上でじゅうじゅうと焼かれるクレープのようなものをうっとりとながめる。
「おじさん、それ、なあに?」
「これかい?はしまきだよ」
「はしまき?」
アンナがクラトスを見上げると、クラトスは、めずらしく興味のあるそぶりで言った。
「近年、生まれた料理らしい。シルヴァラントに伝わるお好み焼きを、食べ歩けるように、はしに巻いたものだ。生まれは、アスカードともパルマコスタとも言われているが、定かではない」
「で、おいしい?」
アンナがじれながら言うと、クラトスは、ポケットから小銭を取り出して店の親父に手わたした。
「2本くれ」
「あいよ!」
「・・・・・2本も買ってくれるの?」
アンナが瞳をきらきらとかがやかせて言うと、クラトスは、あきれたように鼻で笑った。
「おまえは1本だ。他にも、食べあさる気だろう?」
「じゃあ、残りは、どうするの?」
「・・・・・おまえは・・・・・・・・・・」
私が食べるに決まっているだろう。そう言って、クラトスは、差し出された はしまきを受け取った。
「ちょうだい ちょうだい♪」
アンナが手を出すが、クラトスは、冷ややかなまなざしでアンナを見おろした。
「恩知らずな女だ。おまえにやるのは、考え直した方が良いかもしれんな・・・・・」
「あっ、ごめんなさい!感謝してます!ほんとよ。クラトスさま〜。ありがた〜く、いただきとうございます!」
「・・・・・フ」
目を細めて笑ったクラトスが、こしをかがめて はしまきをわたしてやる。アンナは大げさに頭をさげると、ぱくりと食いついた。
「んいひ〜(おいし〜)!」
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アンナと父様-長いお話『人を愛するということ』 |