22、語らい
それからアンナは、ほぼすべての出店のものを食べたといえるほど、たくさん食べた。クラトスは、あきれながらも最後までつきあってやり、満腹で動けなくなったアンナは、遺跡の石舞台にこしかけて、見晴らしの良い景色を、ゆっくりとながめていた。
クラトスは、少しはなれた場所に立ち、アンナに背を向けて、やはり景色をながめていた。いつもは ぼさぼさにのばし放題の後ろ髪が、今はきちんとまとめて結んであり、せいかんな顔に知的なふんいきがまして、白い礼服を着ていなくても騎士に見えるとアンナは思った。
ぽつり、ぽつりと、街の明かりが消えていく。
「あ〜あ。 もう、終わっちゃうのね・・・・・」
アンナが、ぽそりともらした。
アンナは祭りも見る気でいたが、食い倒れているうちにメインのイベントが終わってしまい、結局、何の祭りだったのか、最後まで分からずじまいだった。
「クラトス・・・・・せっかくさそってくれたのに、お祭り、見れなくてごめんね」
アンナが言うと、クラトスは、ふっと鼻で笑った。
「そういえば、そうだったな・・・・・」
そして、クラトスは、アンナのとなりにこしをおろすと、眼下に広がる街の様子をながめながら言った。
「アンナ・・・・・ありがとう」
「なあに?なんのお礼?」
アンナは、クラトスがあまりにも素直に言うので、おかしくなって笑った。本当なら、礼を言うのは、こっちのはずなのに・・・・・
何か冗談(じょうだん)を言ってやろう。そう思ったアンナの耳に、ふいに、遠くからかん高い悲鳴が飛びこんだ。楽しい祭りには似合わない絶叫(ぜっきょう)だ。
「どうしたのかしら!?」
アンナがクラトスを見ると、クラトスは、目を見開いてアンナを見た。
「どうした?」
「どうしたって・・・・・今、聞こえたでしょう?」
アンナが立ち上がると、やっとクラトスも立ち上がった。
「何があった?場所はどこだ?」
「こっち!」
アンナは、急いでかけだした。
(なに?・・・・・いやな予感がする・・・・・)
胸の奥で、何かがどきどきと警告する。すっかり悲鳴に気を取られていたアンナは、クラトスの様子がいつもとちがうことには まったく気がつかなかった。
「たすけて!モンスターが入りこんだ!」
「にげろ!はやく、建物の中へ!」
人々が、悲鳴をあげながら同じ方向へ走る。アンナは、道行く人に逆らって、まっすぐ走った。
「ああっ!」
街の入り口まで来ると、そこで、モンスターと必死に戦っている男たちが見えた。モンスターは、出店の残飯につられて集まったのか、けもの系のものが、群れでおそってきている。
「クラトス!」
アンナは、とっさに彼をよんで、ふり返って・・・・・
そこに、クラトスはいなかった。
「・・・・・クラトス?」
おかしい。こんなはずはない。
彼は、いつも すぐそばにいるはずなのに。今だって、いっしょに走ってきたはずなのに。
「ぎゃあああ!」
戦っている男が一人、悲鳴をあげてたおれた。
「もうっ!」
アンナは、とっさに呪文の詠唱を始めた。
「アンナ!魔法はダメだ!!!」
「えっ?」
クラトスの怒声が背後でひびいたが、おそかった。
完成してしまった魔法が発動する。
アンナの頭上に生まれた光が、次の瞬間には火の玉になって、モンスターを直撃した。
めらめらと燃えたモンスターが、どさりとたおれる。
「なによ。きいたじゃない」
そう言って声の主をふり返ると、剣をぬいたクラトスが、彼女のわきをぬけてモンスターにつっこんだ。
「・・・・・クラトス?」
ぐらり。
アンナは、ふいに、自分の体の中にあるものが、底がぬけて、すべて流れ落ちてしまったような、きみょうな感覚をおぼえた。
次の瞬間、アンナの口から悲鳴があがる。
「クラトス!」
アンナは、かけだしていた。
(いけない!・・・・・彼を止めないと・・・・・彼が、死んでしまう!!!)
それは、カンだった。理由などなかった。
行かせてはいけない。
ただ、アンナの心が、そうさけんでいた。
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アンナと父様-長いお話『人を愛するということ』 |