ぺリット物語

13、祝福の時間


「よっしゃあ!そんじゃあ、そろそろ始めますか!」

ゼロスが、その場の雰囲気(ふんいき)を切りかえるように手を打ち、アンナとクラトスの背中をおした。

「な、なんだ?」

「もっちろん、さっきの続きでしょ〜が♪」

「続き?・・・・・しっ、式のことか?」

自分の足が祭壇(さいだん)へ向かっていることに気がついたクラトスは、とっさにアンナのうでをつかんで引き止めようとした。が、のばした手は、するりと彼女の体を通りぬけてしまう。

「なあに?」

アンナが、目を丸くしてクラトスを見た。

「まて・・・・・まってくれ・・・・・」

クラトスは、そう言うのがやっとだった。あまりにも突然、予想もしないことが一度に起こって、彼の頭の中は、すっかり混乱していた。

アンナは、そんな彼の気持ちはすべて知っているというようにやさしく目を細めると、まわりのメンバーに聞こえないように、そっと耳元でささやいた。

「これは夢よ。ぜんぶ夢。・・・・・そう思えば、なんだって平気になっちゃうわよ♪」

「私は、夢を見ることはない!」

クラトスは乱暴に言い、左手に光るエクスフィアをアンナの目の前にかかげた。彼は、その石の力で人間の領域をはるかにこえた天使になったため、眠る必要がなく、夢を見ることもないのだ。

アンナは、少し困ったように笑って言った。

「わたしは、心がまえの話をしているの。・・・・・まあ、あなたも相変わらずね」

「・・・・・すまん」

クラトスは素直にあやまる。

しかし、その様子を見たアンナは、今度は、本当に困った顔をした。

「・・・・・もう・・・・・わたしのことキライになった?・・・・・他に、好きな人ができた・・・・・とか?」

「そのようなことはない!断じて!」

クラトスは、すぐさま答えた。

「それならよかった・・・・・」

アンナは、本当にうれしそうに笑う。それは、クラトスがもう一度だけでよいから見たいと望んでいた、あたたかく明るい笑顔だった。

目の前に彼女がいる。一体、これはどういうことなのか?

アンナは、私が・・・・・

クラトスの頭は まだ現実を受け入れられないでいたが、彼の心には、まぶしいくあたたかい光がいっぱいにあふれていた。

「ねえ、クラトス」

「・・・・・ん?」

アンナを見ると、彼女は、きらきらと瞳をかがやかせて、まっすぐに夫を見つめて言った。

「わたしのわがまま・・・・・きいてくれる?」

「・・・・・むろんだ」

しかし・・・・・

クラトスは、苦しげにまゆをよせて言った。

「私のしたことを・・・・・おまえは・・・・・許してくれるのか?」

「もう・・・・・いつまでむかしの話を気にしてるわけ?」

アンナは、やれやれとため息をついて笑った。

「やっぱり、あなたは、わたしがついていないとダメね」

「・・・・・すまない」

うつむいてしまったクラトスに、アンナはそっと手をのばす。そして、夫のうでに自分のうでをからませると、静かに歩きはじめた。

つられて、クラトスも一歩をふみだす。

それは、とても不思議な感覚だった。

ふれることは出来ない彼女のうでから、確かにあたたかいマナを感じる。それは、まちがいなく、彼の愛した女性のぬくもりだった。

(まさか・・・・・このような形で・・・・・再会できるとは・・・・・)

再び会えただけではなく、彼女の願いをかなえることが出来るのだ。そう考えると、クラトスの心は、自分でもとまどうほどに高鳴った。

関係からいえば、お互いにすべてを知り合った仲であるし、大きな息子もいるのだから、すでに夫婦といってさしつかえのない二人だったが、式はおろか、籍も入れていないので、世間からみれば、クラトスとアンナは赤の他人なのだ。

(私に・・・・・家族が・・・・・?)

家族。聞きなれず、言いなれない言葉がクラトスの脳裏にうかぶ。それは、かつて追っ手からにげる生活を送っていた時には感じたことのない新鮮さと、喜びと、重圧を彼に与えた。

一歩、一歩・・・・・二人は、歩調を合わせて進む。

ゆっくりと、祭壇へ向かって・・・・・ 

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