愛を運ぶ風

12、


・・・・・・・・ユアン、ユアン

私ね、見つけたの

世界を平和に導くことができるステキなもの

これがあれば、みんなが幸せになれるわ

それはね、愛を運ぶ風

・・・・・ユアンは 見つかった?



アンナは、ドキドキと早鐘のように打つ胸をおさえてノイシュの背にしがみついていた。ユアンの指輪を返して、男たちと別れてから、急に全身の力という力がぬけてしまったのだ。どれだけ気を張っていたのか分からないが、脱力の後には、もう何も考えることが出来ず、思いうかぶのは、ただ、愛する男の背中ばかりだった。

「アンナったら、本当に無茶ばっかりして。今日あったことは、クラトスには絶対ナイショだよ。せっかく良くなったケガが悪くなっちゃうから」

ノイシュは、そうぼやいて家路に着いた。

小屋の前に着くと、ちょうどリハビリで散歩しているクラトスが見えた。彼の姿が映ったとたん、アンナの中で、最後まで張りつめていた糸が、音をたてて切れた。

「アンナ!?」
「アンナ!!」

地面に転がり落ちたアンナを見て、ノイシュとクラトスが同時に声を上げる。

アンナは、遠ざかっていく意識の奥で、ほうとため息をついていた。

(ああ・・・・・帰って来た・・・・・・・・・・・・やっと・・・・・・)


「・・・・・眠ったか」

「はい・・・・・・・・ご心配をおかけして、すみません」

クラトスは、バートに深く頭を下げた。アンナはすっかり気を失ったのに、うわごとを口走り、ふれれば手足を乱暴に動かしてあばれるしで、小屋に運び、寝どこに横にするだけでも大変な苦労だった。その偉業(いぎょう)を成しとげた男たちは、あちこちに出来たあざやこぶをさすりながら、やれやれと だんろの前に座った。

「かわいそうに。よほど怖い目にあったんだな」

そう言って、バートが、熱いミルクの入ったコップを差し出した。

それを受け取ったクラトスは、ゆっくりとはぜる炎をながめてつぶやいた。

「・・・・・・・・私が、ついていなかったばかりに・・・・・・・・・」

「仕方ねえ。なんだって、起きる時には起きちまうんだ。それより、今晩は、しっかりついていてやるんだな。女なんてのは、一晩だいてやれば昨日の出来事は忘れちまうもんだ」

「はい・・・・・」

真面目に答えて、小さくため息をついて・・・・・それから、はじかれたように顔を上げたクラトスは、手をすべらせて落としたコップを、ゆかギリギリで受け止めた。

バートは、にやりと笑って言った。

「今さら、おどろくことはないだろう。あの歌は、弟がアニキに歌うものじゃないだろう?」

「アレは、知らないのです。歌の意味を・・・・・」

クラトスは平静を保とうと深呼吸して言ったが、バートは、ゴクゴクとミルクを飲みほして、豪快(ごうかい)に笑った。

「はっはっは!じゃあ、あんたが教えてやるんだな!」

「・・・・・・・・・・・・・・・出来ません」

クラトスは、声は小さいが、きっぱりとそう言った。

「どうしてだ?」

たずねるバートの声に非難の色はない。

クラトスは、コップを持つ手に力をこめた。

「私は・・・・・彼女を不幸におとしいれた元凶です。その私が、これ以上、すぎた望みを持つことは許されないのです」

「・・・・・・・・・・・・そうか」

静かに言って、バートは立ち上がった。

「あんたがそう言うなら、そうなんだろう。・・・・・だがな、あの子の望みはどうなんだ?今日だって、気を失うほど怖い目にあいながら、にげないで帰って来た。あんたの所へな。あんたは、その気持ちに答えてやれないほど臆病(おくびょう)な男なのか?オレは、そうは思いたくないがね」

そう言い残して、バートは、大きな体をゆすって部屋の奥へ消えた。

残されたクラトスは、放心した様子で炎を見ていた。


こう、だきしめよう・・・・・

魂と・・・・・心を・・・・・


つぶやいたクラトスの耳に、アンナの苦しげな声がひびく。

「ううん・・・・・・・たすけ・・・・・・・・・クラトス・・・・にげて・・・・!」

「アンナ!?」

アンナを寝かせた部屋に入ると、アンナは、自分の顔と首をかきむしってうなされていた。クラトスは、彼女の両手を取って指をからめ、そのまま、うでで頭を包みこんだ。

「アンナ、安心しろ。もう、大丈夫だ・・・・・」

やさしく耳にささやくと、はっと小さな息をして、アンナが目を見開いた。

まだ、夢からさめないのか、アンナは、大きく胸を上下させ、おびえたように辺りの様子をうかがっている。

クラトスは、もう一度、なだめるよう言った。

「聞こえたか?もう、大丈夫だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

アンナの体から、すうっと力がぬけていく。安心したように長い息をつき、静かに瞳を閉じたアンナは、少しの間、だまって呼吸していた。

ふいに、からめた指に力がこもり、アンナがつぶやいた。

「・・・・・・・・・・・・・クラトス・・・・・・・」

「なんだ・・・・・?」

クラトスは、ぼそりと返事する。相変わらず気のきいたセリフは出て来ないが、不思議と今は、無様な自分であっても、まったく気にならなかった。

ふるえるまつ毛を上げたアンナが、おずおずとクラトスを見た。

アンナは、何かを求めるように赤い瞳をのぞいてまゆをひそめると、ああ、と、小さな息をもらした。そして、すんだ瞳にいっぱいのなみだをうかべて、そっと口を開いた。

愛してる。

声は聞こえなかった。しかし、彼女のくちびるがそう動いたのを、クラトスは確かに見た。

・・・・・今度こそ。

今度こそ、気のきいた言葉を言わなければ。

そう思ったクラトスの口からもれたのは、

・・・・・・・・・そうか。

それだけだった。

アンナは、少しほほをふくらませて不服を表し、しかし、とても満足した様子でほほ笑むと、胸いっぱいに息をすい、緊張(きんちょう)した様子で、そっと瞳を閉じた。

「すまない・・・・・・・・・・」

クラトスは、かすれた声でそう言うと、うやうやしく、ひたいに口づけた。

するりとのびた細いうでが、クラトスの存在を確かめるように、しっかりと体にしがみつく。クラトスは、それに答えるように、小さな体にうでをまわした。



こう だきしめよう

魂と心を

たとえ ひとときでも

もう はなれないために・・・・・・・・・

いつも 君といっしょ

君とだけ

死なないために

Anema e core・・・・・・・・・









ユアンは、満天の星をながめて、歌を口ずさんでいた。いつの間にか、彼の指には、銀色のかがやきがもどっていた。ユアンは、ぽつり、ぽつりと、つぶやくように歌をなぞり、星空のどこかにかくれている女性を想った。

(マーテル・・・・・おまえは、何を見つけたというのだ・・・・・・・・?)

しかし、どんなにたずねても、彼女からの答えはなかった。


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