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アンナは、救いの小屋で毎月1回行われるバザーへ来ていた。バザーの内容はさまざまで、畑で取れた野菜をならべる者がいれば、自分で織った布を売る者もいる。アンナは、出発がおくれてしまったおかげで人通りの多い場所を取ることが出来ず、救いの小屋の裏手の、一番奥まった日かげに出店するしかなかった。
「は〜い、いらっしゃいませ〜♪水に強くて、どんな乱暴にあつかっても形をくずさないカゴはいかがですか〜♪」
アンナは、山でとった藤を使ってあんだカゴを売っていた。最初は人の少なかった日かげも、アンナのすんだ美しい声に引かれて集まった人で、すぐににぎわうようになった。
「まいど、ありがとうございました〜♪」
最後のカゴを買った客に深々と頭を上げたアンナは、いっぱいに息をすいながら体を起こして空を見上げた。店を開いた時に比べていくぶん太陽が西へ移動し、周りでも、ぼちぼちと帰り支度を始める人が出始めている。
(・・・・・わたしも、残ったお店を見て、帰ろうかな)
アンナは、のんびりと片づけを始めた。荷物といっても、持って来たカゴは売れてしまったので、地面にしいた布をたたむだけで良かった。
「・・・・・・・・・あら?」
布を持ち上げたひょうしに、きらりと光るものが転がり落ちた。なんだろうと思ってひろってみると、それは、きれいにみがかれた銀色の指輪だった。買い物に来たお客が落としたのだろうか?それとも、最初から布の下にあったのかもしれない。アンナは、指輪をじっと見つめた。
装飾(そうしょく)のないプレーンなリングに、何か文字がほってある。しかし、アンナは字を習ったことがないので、何が書いてあるのか知ることは出来なかった。
(これは、とても大事な物じゃないのかしら・・・・・)
どうしていいのか困ったアンナは、急いであたりを見まわした。かざりのない肉厚の指輪は、ずっとつけていてもこわれにくく、周りも傷つけない上、形もくずれにくいので、結婚指輪に使われることが多いのだ。アンナは、落し物をさがしていそうな人影をさがした。
すると、ゆっくり交差する人影の中に、きょろきょろと、あたりを見ながらうろうろする影が目を引いた。頭からすっぽりとマントをかぶった大きな体の男だ。アンナは、とりあえず声をかけてみた。
「あの・・・・・さがし物ですか?もしかしたら、これかしら」
アンナが指輪を見せて言うと、男は、しばらくだまって指輪とアンナを見ていた。そして、少ししてから、がさがさした、かわいた低い声で言った。
「そうかもしれねえ。オレの妹が落とした指輪をさがしていたんだ」
「じゃあ、まちがいないわね。はい、どうぞ」
アンナが指輪を差し出すと、男は、にやりと口のはしを上げた。
「まってくれ。ここから少しはなれた場所で妹がまっているんだ。本当にあいつの指輪か確かめてえ。ちがってたら、持ち主にすまねえからな。悪いが、それを持って、ついて来てくれるか。時間は取らせねえよ」
「分かったわ」
アンナは、なんの疑問も持たずに にこりと笑った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・アンナ?」
救いの小屋の外でまっていたノイシュが、鼻にしわをよせて走りよって来た。
「そいつ、だれ?」
「落し物のお兄さん。すぐにもどって来るから、ここでまってて」
アンナが言うと、男がせせら笑うように言った。
「おっと、姉さん、無用心だな。ペットと金を置いて行くなんてよ。今のご時勢、何が起こるか分からねえ。そいつも一緒に連れて来な」
「そう?親切にありがとう」
アンナはふわりと笑ったが、ノイシュは、ますますこわい顔をして言った。
「アンナ、ぼく、こいつキライ。血のニオイがするよ!」
「そんなこと言わないの。妹さんに会うだけなんだから。ね?」
「そうだぜ、ペットちゃん。すぐ・・・・・・・・・・さ」
男は、ゆがんだ笑いをうかべて、そう言った。
アンナと父様-長いお話『愛を運ぶ風』 |