愛を運ぶ風

4、


「ここは・・・・・?」

アンナがいるのは、簡素だが、重々しい雰囲気(ふんいき)のただよう部屋だった。目かくしをされた上に かついで連れて来られたので、どこをどうやって運ばれたのか分からないが、全身で風を受けるあの不思議な感覚は、クラトスに連れられて何度か体験したことがある。

おそらく、ユアンは、空を飛んで来たのだろう。クラトスには羽がある。だから、知り合いのユアンに羽があっても不思議はない。

(二人は、同じ国の出身なのかしら。どうして仲が良くないのかな・・・・・)

そんなことを考えながら、アンナは、ぐるりと部屋をながめてみた。

アンナにとっては広すぎると思える空間には、彼女が見たことのない物ばかりが置いてあった。天井やかべ、ゆか、調度品にいたるまで、何もかもが、アンナが初めて見る形や模様でかざられているのだった。

もしかしたら、ここは、羽族の人たちの国なのかもしれない。そう思ったアンナがどきりとした時、ひゅんと軽い音がしてドアが開き、ヨロイを身にまとった兵士が一人現れた。アンナの見なれた、しかし、絶対に見たくないそのヨロイは・・・・・・・・

(ディザイアン・・・・・!!)

いなづまのようなショックがアンナを打つ。

にげなければ。

アンナの頭でさけび声がする。しかし、同時に、彼女の視線は、ディザイアンの足元に横たわる白いけものを冷静にとらえていた。

「ノイシュ!!!」

アンナの声に、ノイシュの耳がぴくりと反応する。生きている。ほっとしたアンナは、急いでノイシュの元へ走り寄った。

「ノイシュ、ノイシュ!大丈夫?」

ぐったりした首の下にうでを通して頭を持ち上げると、ううんとうなり声がする。アンナは、のばした手をノイシュのひたいに置き、瞳を閉じて、気持ちを高めた。

「ファーストエイド!」

「・・・・・・!」

目の前に生まれた癒し(いやし)の光を見たディザイアンが、明らかにおどろいた様子を見せる。しかし、アンナは、そのようなことはどうでも良かった。どうせ自分はにげられない。ならば、今は、ノイシュの命を助けなければ。

夢中で術をかけ続けるアンナの足元に、ぽとりと、小さなふくろが落とされた。

「・・・・・?」

視線を上げると、アンナを見下ろすディザイアンと目が合った。その瞳は、彼女の知っている乱暴なディザイアンのものではなかった。静かで、落ち着いていて、どこか高貴な・・・・・

もっとよく見ようと首をのばすと、ディザイアンは、口のはしで笑って言った。

「ムダなことはよせ。こいつは、マヒしているんだ」

それだけ言うと、兵士はその場から姿を消した。

「え・・・・・マヒって・・・・・やだ・・・・・そうなの?」

アンナは、あわててノイシュの顔をのぞきこむ。体がマヒしているなら、癒しの術は効果がないのだ。

(もしかして・・・・・)

直感したアンナがふくろを手に取って中をのぞいてみると、クシャクシャになった茶色の葉が入っていた。ふわりと立ちのぼる香りは・・・・・まちがいない。それは、アンナの思った通り、マヒを治す薬草だった。

なぜ、あのディザイアンは、助けるようなことをするのだろう。これはワナだろうか。アンナは一瞬そう思ったが、あの男のまなざしは、人をおとし入れようとするそれとはちがった。

かけてみよう。どちらにしても、選べる道はないのだから。そう思ったアンナは、ふくろから薬草を取り出した。

アンナは、葉を自らの口に入れてかみくだいてからノイシュに飲ませてやる。薬草から抽出(ちゅうしゅつ)されたパナシーアボトルならすぐにマヒが治るが、薬草のままだと、消化されてから効果が出るので少し時間がかかるはずだ。適量が分からないアンナは、とりあえず、人間の体の大きさでノイシュを計って、大人3人分の薬草を与えた。

「・・・・・ノイシュ。ごめんね。あなたの言うことを聞いていたら、こんなことにはならなかったのに・・・・・・」

アンナは、何度も、何度も、やさしくノイシュをなでてやる。感覚がなくても何かを感じるのか、ノイシュは、うっとりと目を細めて遠くを見ていた。

アンナは、少しでも気がまぎれるようにと、歌を口ずさんだ。



こう だきしめよう

魂と心を

たとえ ひとときでも

もう はなれないために・・・・・・・・・

いつも 君といっしょ

君とだけ

死なないために

Anema e core・・・・・・・・・




どのぐらい歌っていたのだろう。

気がつくと、部屋の奥にたたずむ人影が目に入った。ユアンだ。彼は、うでを組んでかべに寄りかかり、目を閉じて、アンナの歌声にじっと耳をかたむけているようだった。

(この人は・・・・・・・・・・・)

似ている。

歌いながら、アンナは、しげしげとユアンをながめた。何がと聞かれると困るのだが、ふとした仕草の節々に、愛する男に通じる何かを感じるのだ。

(そういえば、クラトスは、この人をかばっていた・・・・・)

過去の話だが、自分の命がねらわれたというのに、クラトスは、自らユアンを弁護した。クラトスは、ユアンを敵だとは思っていないのだ。そうだ、そういえば、山賊にとらわれたアンナを助けてくれたのはユアンだったではないか。

悪い人ではないのだ。

良い人でもないけれど。

そう思うと、アンナの気持ちは、急に静かにおさまった。

そうなると、今度は、なぜ、という疑問が、体いっぱいにわいてくる。

なぜ、ユアンは、クラトスの命をねらうのだろう・・・・・

聞けば、知ることが出来るだろうか。

しかし、アンナは恐ろしかった。二人の間に眠る秘密を知れば、自分は、今の自分のままでいることが出来るだろうか。ユアンには、そして、クラトスには、それほど深くて暗い何かがかくされていることも、アンナは感じ取っていた。

いつの間にか、部屋の中は沈黙(ちんもく)で満ちていた。

アンナは、ユアンを見ていた。

ユアンも、静かにアンナを見た。

先に口を開いたのは、ユアンだった。

「・・・・・・・・・・・もう、歌わないのか?」

「・・・・・・・・命を助けてくれて、ありがとう」

アンナがそう言うと、ユアンは、気が動転したのか、急に顔を赤くして声をあらげた。

「れっ、礼を言われる筋合いはない!貴様は、これから死ぬのだからな!」

「わたしが死ねば、クラトスを助けてくれる?」

アンナは、静かにたずねた。なぜ、これほど落ち着いていられるのか、アンナ自身も分からなかった。

「だって、あなたは、クラトスの命をねらっているのでしょう?なら、ぎせいは一人ですむはず・・・・・わたしの命でよければ、今すぐあげる。その代わり、彼は助けてほしいの」

「貴様・・・・・」

ユアンは、明らかに動揺(どうよう)していた。クラトスは、感情の動きどころか、感情そのものを表に出すことがないというのに。

ユアンは、とても若いのかもしれない。もしかしたら、自分よりもずっと。そう思うと、アンナは、ほほ笑ましい気持ちになる自分をおさえることが出来なかった。

その態度が余計かんにさわったらしく、ユアンは、腹だたしげな様子でイライラと言った。

「この私に、えらそうな口をきくな!貴様は、ヤツが来るまでのエサに過ぎんのだからな!」

「・・・・・そうでしょうね」

それは分かっている。アンナは、自分の置かれた立場は痛いほど理解していた。だが、それでも、なんとか良い方向へ事態を運びたかった。

しかし、ユアンは、ようしゃなく冷たい言葉をあびせかけた。

「だれか!女を牢(ろう)へ連れて行け!」

「ユアンさん!まって!もう少しだけ、話を聞かせてほしいの!」

ディザイアンにうでを引かれながら、アンナは、背を向けたユアンに懸命(けんめい)に声をかけた。

しかし、ユアンは、それっきりふり返らずに、奥の部屋へと姿を消してしまった。


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