愛を運ぶ風

1、


若き日の 父と母に つつまれてすぎた
やわらかな 日々のくらしを なぞりながら生きる・・・・・


「・・・・・・・・・・アンナ、私は出かけるぞ」

「あ、は〜い♪」

アンナは、長い髪にクシを通す手を休めて立ち上がると、今にも小屋を出て行こうと するクラトスへかけよった。

「気をつけてね。だいじょうぶとは思うけど。絶対に、絶対に無理はしないでね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

クラトスは答えない。これは、いつものことだ。特に腹をたてているのでも、 うざったく感じているわけでもない。ただ、感情を表に出したり、心情をきびんに表現するのが苦手なだけなのだ。 そんな彼の態度にすっかりなれているアンナは、とりわけ気にする様子もなく笑った。

「あ、そうだ、クラトス!」

「・・・・・・?」

急によび止められてふり向いたクラトスに、アンナが手をのばす。アンナは、 手に持ったクシを おもむろに彼の髪に引っかけて言った。

「髪の毛、といて行ったら?」

クラトスは、無造作にのばした髪を いつもそのままにしている。 見た目、不細工にもつれているという風でもないのだが、彼が身なりに気をつかっている 様子を一度も見たことのないアンナは、単なる思いつきでやったことだった。

しかし、背の高い彼に飛びかかる姿勢でクシを引っかけたアンナが着地する途中で、 がしっとクシが引っかかって髪がちぎれる音がして、一瞬、クラトスがうめいた。

「きゃあっ!ご、ごめんなさい!」

「・・・・・・いや」

はらはらと、赤い毛がゆかに落ちる。アンナは、くしを放り出すと、あわててクラトスの後頭部に手をかざした。

「ごっ、ごめんなさい!あの・・・・はげちゃった?」

「・・・・・・・・・さあ、な」

「見せて!あ、ちょっとまって・・・・・ファーストエイド!」

気が動転したアンナがいやしの術をかけると、クラトスは、それ以上はいいと手で制して、そのまま小屋から姿を消した。夕刻にはもどると、小さく言い残して。

その場に取り残されたアンナは、ぽかぽかとふり注ぐ春の陽気が冷たく感じられるほど真っ赤になって、その場に立ちつくしていた。

ふわり・・・・・

外から入った風が、アンナの体をすりぬけて部屋をめぐる。

「あっ!」

大切なことを思い出したアンナは、急いでその場にしゃがみこみ、風に散ろうとする髪の毛を集めようとした。しかし、足元に落ちていたのは、ひとつかみもある髪の束(たば)だった。自分でやっておきながらぎょっとしたアンナは、おそるおそる、髪の毛をつかみ上げてみる。

「・・・・・・・・・・・」

指でさわると、クラトスの髪の毛は思った以上に太くてしっかりしていて、クシの歯にくいこんだ髪をぬくだけでも、かなりの力が必要だった。きっと、アンナのクシでは目が細かすぎたのだろう。アンナは、新しい発見にわれ知らずほほ笑み、それから、とても悪いことをした気分になって、やれやれとため息をついた。

そこへ、とんとんと軽い足音をひびかせて、ノイシュが顔をのぞかせた。

「アンナぁ〜。そろそろ、街に行く時間だよ〜。用意できたー?」

「え?あ、もう、そんな時間なの?いけない!」

アンナは急いで立ち上がると、ポケットからハンカチを取り出してクラトスの髪の毛をていねいに包み、またポケットの奥へ入れた。それから、古ぼけたローブを頭からかぶって、小屋の外に出た。

ローブからのぞく 若くて美しいはだを見つけたノイシュが、おこった声をあげる。

「アンナ!へんそうしなくちゃダメだよ!」

「うん。でも、早く行かないと、場所がなくなっちゃう。今日だけだから、だいじょうぶよ」

アンナは、小屋の入り口のわきに置いた大きな2つのふくろをつなぐロープを引っ張ると、よいしょと持ち上げて、ふせたノイシュの背中にわたした。そうすると、2つのふくろは、ちょうどいい感じでノイシュの両わきにおさまった。アンナは、その上から、ノイシュに乗っかって言った。

「ローブは、絶対に取らないから。今日は、お昼のバザーだから人も多いし。だいじょうぶよ、ねっ?」

「ゆだんは禁物だからね〜」

そう言って、ノイシュはよいしょと立ち上がった。


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