6、
もし この恋に
君が たしかに生きるのなら
こう だきしめよう
魂と心を・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ふう・・・・・」
アンナは、口ずさんでいた歌を止めてため息をつくと、ぐっしょりと流れるあせをぬぐった。あれから数時間、傷ついたクラトスをいやすために、マナを送っては歌い、歌っては回復の術をかけ続けていたのだ。そのかいあって、クラトスの顔は、あざだらけで傷も残っているが、なんとか見られるまではれが引き、体中から流れていた血もすっかり止まっていた。
クラトスは、冷たい地下牢に横たわり、ようやくのぞいた赤い瞳で、天井をじっとにらみつけていた。痛みをこらえているのだと分かっていたが、アンナは、声をかけずにはいられなかった。
「クラトスのバカ・・・・・放っておいてくれたら、あなたは助かったのに・・・・・・・・」
うらめしげにつぶやくと、クラトスが、かすかに鼻で笑った。そんなこと出来るかと言うように。
「クラトス・・・・・・・・・・・」
アンナは、クラトスの瞳をのぞきこむと、細い指で、やさしく髪をすくように、ゆっくりと頭をなでた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんね」
「本当に、ごめんなさい・・・・・・」
そう言って、アンナは、初めて目に熱いものを感じた。
(泣いちゃだめ!今は・・・・・・・・・・・・・・)
アンナはくちびるをかむと、クラトスの、そして、自分の気をまぎらわせるために、歌った。
こう だきしめよう
魂と心を
たとえ ひとときでも
もう はなれないために
Anema e core・・・・・・・・・・・・・・・・・・
歌っている間も、クラトスは、まったく表情を変えずに、視線ひとつ動かさなかった。浅く荒い息だけが、彼の全てを物語る。彼は、自分の中で、一瞬たりとも休む間もなくおそう痛みと戦っているのだ。
アンナは気がついていた。クラトスは、エクスフィアを失った。そうでなければ、クラトスがこのような状況に追いこまれるはずがない。その証拠(しょうこ)に、彼の左手に光っているはずの石が消えていた。
石は、ユアンに差し出したのだろう。アンナに会う権利と引きかえに。
アンナは、すっかり英雄気取りでおとなしくクラトスを待っていたが、これは、ユアンが交換条件を持ち出すと思っていなかったアンナの誤算が生んだ結果だ。
そうだ。なにもかも、アンナのせいなのだ。小屋を焼かれたのも、クラトスがエクスフィアをうばわれたのも、傷だらけになって、これほどの屈辱(くつじょく)を味わうのも・・・・・。
クラトスは、いつもアンナを守り、助けてくれているが、アンナのしていることといえばなんだ。いつも足を引っ張り、迷惑をかけてばかりだ。疫病神(やくびょうがみ)以外の何者でもないではないか。
それなのに、なぜ、彼は、アンナを責めないのだろう。
クラトスほどの強い男が、こんな、ボロボロになって、冷たいゆかに転がる必要なんて、これっぽっちもなかったのに。
クラトスほどの気高い男が、こんな、馬鹿な娘のお守りに時間をさく必要なんて、これっぽっちもなかったのに。
クラトスほどの男が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もう、限界だった。
アンナの歌声が、おえつで途切れる。
「うっ・・・・・うぇっ・・・・・・ひっく・・・・・・・・・・」
ぼろぼろと流れるなみだは、ぬぐってもぬぐっても止まらない。
(いけない・・・・・・・・・心配をかけては・・・・・・・)
彼は、けが人なのだから。
そう思っても、どんなに思っても、体が言うことをきかない。
とうとう、アンナは、声をあげて泣き出してしまった。
「うわああ〜っ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「うえっ、ひっく・・・・・・・ひっく・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ひっく・・・・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アンナの耳に、うなるような低い声が届く。
「・・・・・・・クラトス?」
あわてて見ると、クラトスは、相変わらず天井をにらみつけてぴくりとも動かないが、のどが、かすかに上下している。何か言っているのだ。
「なに?どうしたの?」
アンナは、急いでクラトスの口元へ耳をやった。
Te・・・・・nimmoce accus・・・・・si・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
聞いたことのない発音だ。呪文だろうか。アンナは、必死で聞き取ろうとした。
苦しげにうめきながらもれる声は、一定のテンポで、時には低く、時には高く・・・・・不思議な言葉をつむぎ出す。
それは、とても静かな、とてもやさしいひびきを持って、アンナの全てを包みこんで すみずみまでいやした。
傷ついたクラトスのどこに、これほどの魔力が残っていたのだろう。瞳を閉じたアンナは、うっとりと彼の声によいしれていた。
これは、なんの呪文だろう。自分にも使えるだろうか。
そう思いながら聞いていたアンナの耳に、ふと、耳なれた言葉が飛びこんでくる。
Anema e core・・・・・・・・・
「Anema e core・・・・・・・・・?」
大きな目を見開いてクラトスを見ると、いつの間にそうしていたのか、赤い瞳がアンナを見ていた。苦痛をこらえてうるんだ瞳は、心配そうにアンナの様子をうかがっている。
「Anema e core・・・・・・・・・」
もう一度つぶやいて、それから、時間をまきもどすようにクラトスの呪文をなぞったアンナは、自分の思うようにテンポを直し、音程を修正して、行き着いた先で・・・・・おもむろに、ふき出した。
歌だ。
彼は、歌っていたのだ。
アンナと同じ曲を。
ちがう国の言葉で。
「ちょ・・・・・なっ、なにこれ・・・・・・・・あははは!」
クラトスが歌うという、想像を超えた出来事が起こった意外性と、それが、あまりにも素晴らしい出来栄えだったことが、アンナの心をはげしくくすぐった。
「クラトス、クラトス!もう一度お願い!ねえ、ねえってば!」
アンナが声をかけたが、クラトスは、かたく口を結び、今度は瞳を閉じて、再び、ぴくりとも動かなくなってしまった。
彼は、アンナの気をまぎらわそうとしてくれたのだ。自分が苦しみの淵(ふち)にとらわれているという時に。
アンナは、軽はずみだった自分を少し反省して、それから、たまらない気持ちになってクラトスのほほをなでた。クラトスは、身動きしなかったが、かすかに胸を上げて、まゆ根を寄せた。
アンナは、心からあふれるあたたかい気持ちをいっぱいにこめて、やさしくささやいた。
「クラトス・・・・・どんなことをしても、あなたを助けるわ。だから・・・・・生きて・・・・・・・・」
愛してる。
最後の言葉は心の中でつぶやいて、アンナは、もう一度、最初から歌を歌い始めた。
アンナと父様-長いお話『愛を運ぶ風』 |