7、
次の日の朝、アンナとクラトスは、牢から出されて、ユアンの前に連れて行かれた。いよいよ、処刑の時が来たのだ。
一晩中アンナの手当てを受けたクラトスは、なんとか自力で立てるようになってはいたが、左手と左足の骨か筋がやられたらしく、一人では歩くことが出来なかった。
アンナは、クラトスにかたを貸してゆっくりと歩きながら、心に決めた思いを胸に、きりとくちびるをかみしめた。
例え、自分の身に何が起ころうとも、この男だけは失いたくない。だれが一緒に死ぬものか。命を失うのは、自分一人で十分だ・・・・・
一歩、一歩、歩いた先にあるとびらをくぐると、ユアンは、すでに部屋の中央に立って二人を待っていた。
「・・・・・ほう・・・・・そこまで回復したのか」
クラトスを見たユアンは、さも面白くなさそうにつぶやくと、自らを守るマントをばさりとひるがえしてダブルセイバーをかまえた。
「最後に言い残すことはないか。一言ずつ、口をきくのを許してやろう」
「彼女を助けてくれ・・・・・」
「彼を助けて!」
二人の言葉が同時にひびく。
ユアンは、ほほをぴくりとも動かさずにアンナを見た。
「そういえば貴様は、昨日も、男のかわりに自分を殺せとほざいていたな」
「わたしは本気よ」
アンナは、りんと言い放った。
「アンナ・・・・・ダメだ・・・・・・・・・・」
クラトスが、あえぎながら言葉をはく。
ユアンは、ふんと鼻で笑って言った。
「その本気がどこまで持つかな?・・・・・事情が変わった。女、貴様が、私の満足のゆく答えを出せたら、その男のエクスフィアを返してやろう」
それは、すなわち、クラトスを助けるということだ。アンナは、ぱっと顔をかがやかせて言った。
「本当!?わたしは、何をすれば良いの?」
「この世界のどこかに、私の目的を達成するために必要な物があるのだ。それを、さがして持って来い」
あまりにやすやすと言うので、最初は簡単なことかと思ったアンナだったが、ユアンの言葉を頭でくり返して首をかしげた。
「あの・・・・・ユアンさん。必要な物って・・・・・なに?」
「『愛を運ぶ風』だ」
「それは、どんな物ですか?」
「知らん。だから、さがせと言ってるのだ」
「知らないって・・・・・そんな、こまるわ!」
アンナは一瞬うろたえたが、それでクラトスが助かるなら、やれるだけやってみるしか方法はなかった。
「・・・・・分かりました。行って来ます。その代わり、わたしが旅に出ている間は、彼を、ここへ置いてもらえませんか?」
アンナは、できるだけていねいに言った。深手を負ったクラトスを連れての旅は、どう考えても無茶だ。
ユアンは、まったく感情のこもらない声で答えた。
「置いてやってもいいが、そいつにかける金はないぞ。この砂漠では、水も貴重だしな」
「・・・・・そうですか。では、彼も一緒に連れて行きます。いつまでにもどったらいいの?」
アンナが毅然(きぜん)として言うと、ユアンはさらりと返した。
「そうだな。一週間で帰って来い。それでもどらなければ、貴様たちは終わりだ」
「一週間・・・・・」
アンナの心に、暗い影がじわりとおおいかぶさる。
ユアンが、かわいた声で、短く言った。
「出来ぬのか?」
「やってみないと分かりません!」
そう言って、アンナは、ユアンに背を向けた。
「そうだ。知っていると思うが」
背後でユアンの声がひびく。
「おまえたちは、おたずね者だ。赤毛の剣士と茶髪の女を生け捕りにしたら、賞金500万ガルドだそうだ。ヘマはするなよ」
「・・・・・わかったわ」
アンナは、自分をおしつぶそうとする不安を殺して、そう言うのがやっとだった。
アンナが姿を消して数刻。ユアンは、謁見室(えっけんしつ)で一人の男と対面していた。
「クラトスの行方が分かったそうだな」
「はい・・・・・ユグドラシルさま」
ユアンは、ふかぶかと頭をたれて答えた。ユグドラシルは、ユアンの、そして、クラトスの所属しているクルシスを統べる者だ。
ユアンは、背を向けて立つユグドラシルに、頭を垂れたまま説明を続ける。
「しかし、われわれがアジトを発見した時には、すでに奴は姿を消しておりました。詳細(しょうさい)がバレぬよう、かくれ住んでいた小屋も、事前に焼きはらった様子です」
「・・・・・いまいましいクラトスめ。女連れという情報は確かなのか」
「・・・・・・・・分かりません。彼奴(きゃつ)のことですから、行きずりの可能性が高いと思われます。それより、はるか北の地で、強いエクスフィアの波動をとらえたとの報告がありますので、現在、確認させております」
「北・・・・・か。道理で、この辺りに波動を感じないわけだ。ふん。にげるだけ、にげるがいい。にげればにげるだけ、苦しみが増すのだからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「今日は、クラトスの鼻を明かしてやろうと思ったが、あちらの方が一枚上手だったようだ。ユアン、私は帰るぞ」
「はっ。このような辺境の地へ足をお運びいただいたというのに、大した成果がなくて申し訳ございません・・・・・」
「なに。楽しみがのびるだけさ・・・・・引き続き、シルヴァラントベースの管理もまかせたぞ」
「ありがたき光栄・・・・・・・・・・・・」
ユアンが顔を上げたとき、部屋の中には すでにだれもいなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ユアンは、ほほにかかった髪をかきあげると、長いため息をついて、ゆっくりと部屋のすみへ歩み寄った。そして、大きな机の上に置いてある、華奢(きゃしゃ)な作りの小さな宝箱を開け、中で光っているエクスフィアをのぞきこんだ。
石を見るユアンの目に光はない。ただ、存在を確認しただけだというようにまばたきすると、ユアンは、ぱたりとふたを閉じて、もう一度、長いため息をついた。
「・・・・・・・・・・・・・・一緒に、死ぬことは出来ない・・・・・・・・・・か・・・・・・・・」
・・・・・・マーテル・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
アンナと父様-長いお話『愛を運ぶ風』 |