愛を運ぶ風

8、


アンナは、意気ごんでシルヴァラントベースを出てすぐに、はげしい砂嵐におそわれて、一歩も動くことが出来ない状態になってしまった。幸い、近くにあった岩場のかげに身を寄せて嵐をしのいでいるものの、風がおさまらない限り、これ以上、動くことは出来そうにもない。

(・・・・・・・・早く、嵐が止みますように・・・・・・・・・・)

アンナは、空に、大地に祈りながら、ノイシュによりかかって眠るクラトスを見た。眠れるようになったのは大きな進歩だ。それだけ、痛みが引いてきているという証拠(しょうこ)だ。

彼は、強い。エクスフィアがなくても。これだけの傷を負いながら、痛みに顔ひとつゆがめず、ぐちひとつこぼさない。そして、彼の持つ驚異的な回復力に、アンナは、ほとほと感心していた。

(嵐がおさまったら、まずは、クラトスを安全な場所へ運ばなくちゃ・・・・・街はダメね。わたしたち、おたずね者だってユアンさんが言ってたもの・・・・・)

しかし、街へは行かなければならなかった。二人は、着のみ着のまま、武器ひとつ持たずに追い出されたのだ。水はおろか、食べ物も、夜つゆをしのぐローブ一枚、持ち出すことは許されなかった。このままでは、明日の朝日がおがめるかどうかもあやうい状況だ。

だれか、通りかかってくれないだろうか。旅人でも、なんでもいい。そうしたら、何かめぐんでもらえるようお願い出来るのに。もし、断られたとしても、ちょっとばかり失敬すれば・・・・・

そう思ったアンナは、ぺろりと舌を出して苦笑した。これでは、自分をさらおうとした山賊と同じではないか。

悪く思うなよ。生活がかかっているんでな。山賊はそう言っていた。

今のアンナも、まったく同じ気持ちだった。彼の命がかかっているのだ。クラトスのためならなんだって出来る。アンナは本気だった。

そう。みんな、だれかの命を守るために必死なのだ。だれが悪い、だれが良いという、ここは、そんなキレイな言葉で片付くような、お上品な世界ではないのだ。

だから、生きよう。

彼のために。

そう思いながら、アンナは、せめて何かないかと服のポケットをさぐった。

「あ・・・・・・・・・」

出てきたのは、折りたたまれたハンカチと、銀色の指輪だった。アンナは、ハンカチにそっと口づけすると、またポケットの奥へ直し、残った指輪をじっと見つめた。

(これ・・・・・高く売れるかしら・・・・・・・・・・・・)

ズキン。心臓に痛みが走る。

分かっている。これは、まちがいなく、だれかの大切な指輪だ。しかし、クラトスの命には代えられない。代えられるとしたら・・・・・・それは、自分だ。

「・・・・・はあ・・・・・・・・わたしって、山賊には向いてないみたいね」

アンナはクスリと笑うと、指輪を自分の指に通してみた。

「あら?」

薬指に通す・・・・・というより、指輪は、指先で手をはなすと、指の付け根まで、すとんと落ちた。まるで、輪投げの輪を通すように。

「おっきいわね・・・・・・・・・・・・・」

首をかしげたアンナは、次は、中指に通してみる。それもダメだった。余裕でふた回りは大きいのだ。

「うーん・・・・じゃあ、ここ?」

ぬいた指輪を、親指に入れてみる。他の指に比べると一番ましだったが、それでも、まだ指輪は大きかった。

(これって・・・・・・・・・男物なの?)

アンナは、しげしげと指輪をながめた。もしかしたら、持ち主は、体の大きな女性ということも考えられたが、よくよく見ると、指輪は、たてのはばも広くて、男性の大きな指に合わせて作られたと考えた方が自然だった。

(どんな人が、していたのかしら・・・・・)

あちこち深い傷があり、指の形に合わせてゆがんだ指輪。

相当な年季の入りを感じるが、今日買ったばかりのように、ピカピカにみがかれた指輪。

年老いたおじいさんが、やせた指から落としてしまったのだろうか?

(ああ・・・・・・・・これは、返してあげなくちゃ・・・・・・・)

見ず知らずの、だれかさんに。

アンナは、いつの間にか晴れた空を見上げてぼんやりとそう思った。


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