3、
目的地はすぐ近くだと言われたのに、ずいぶん歩いて、森へさしかかったところで、やっと不安をいだいたアンナが声をあげた。
「・・・・・あの、まだかしら?どこまで行くの?」
「ああ、もう、着いたぜ」
男がそう言って片手をあげると、木のかげから、数人の人影が現れた。全員すっぽりとマントにおおわれているが、異様に背が高かったり、横に広かったりして、見たところ女性はいないようだ。
「・・・・・・・・・どういうこと?」
アンナが一歩下がると、男は、にやりと笑って言った。
「こういうこと・・・・・・・・・・さ」
「きゃあああっ!!」
アンナは、不意に足元をすくわれて悲鳴をあげた。
「アンナ!!!」
体の下でノイシュの声がひびく。何が起こったのか確かめようとすると、ぎしぎしと音がして、ふたつに折れた体が、さらにちぢこまった。
「な、なにこれ!」
アンナは、あみにかかった状態で、宙づりになっているのだった。
「アンナ!アンナ〜ッ!」
後ろ足で立ち上がったノイシュが、けんめいに木をのぼろうとする。しかし、その前足は、ガリガリと木のみきを引っかくばかりだった。
「悪く思うなよ。こっちも、生活がかかってるんでね」
男はそう言って笑うと、フードからのぞくアンナの顔をしげしげとながめた。
「やはりな。こいつは高く売れる。おまけに、指輪に金つきとは、幸運の女神様だぜ」
「売る?売るって、わたしを?あなた、妹さんが待ってるって言ったのは、うそだったの?」
「うそだったの?・・・・・・・はーっはっはっは!」
男の高笑いに合わせて、マントの男たちも腹をかかえて笑う。
「こいつぁ最高だ。どうやら、頭がイカれてるらしい。今日は本当にツイてるぜ。・・・・・おい、女を下ろせ。ゆっくり、傷つけるなよ!」
男の指示を受けて他の男が歩みよって来たところへ、うなったノイシュが飛びかかった。
「アンナに手を出すなーっ!!」
「うわあっ!なんだ、こいつ!」
「やっちまえ!」
たいていのモンスターが、見ただけでにげてしまうほど大きな体のノイシュだが、さすがに武器を持った男たちに囲まれては分が悪かった。耳をつかまれ、しっぽをつかまれたノイシュは、あっという間にロープでしばり上げられてしまう。
「フガフガ・・・・・・フガガーーーー!!!」
「そいつも傷つけんじゃねえぞ。めずらしい生き物だ。見世物にすりゃあ、もうかるぜ」
「ああ・・・・・ノイシュ・・・・・!」
絶体絶命だ。追いつめられたアンナは、ここにいるはずのない人の名をよんだ。
「クラトスーッ!」
会いたい。彼に。
来てほしい。今すぐに。
アンナは、目をつぶって、心の底から祈った。
助けて・・・・・・・・・・・・・・クラトス!!!
「へっ。助けなんざ来ねえよ」
そう言って笑った男が、そのまま、たおれた。
「どうした、おい!?」
草の上につっぷしたまま、ぴくりとも動かない男に近づいた男が、たおれた背中にささったナイフを見つけて息をのむ。しかし、それも、もう手おくれだった。次の瞬間には、息をのんだ男の背がぱっくりと割れ、絶叫が森にこだました。
「ぎゃあああーっ!!」
「クラトス!?」
アンナが下を見ると、そこに立っていたのは、クラトスではなかった。両はしに大きな刃のついたやりを持つ、すらりとした青い髪の男・・・・・アンナは、救いの主を見てがくぜんとなった。
(あの人は・・・・・!!)
彼は、クラトスの命をねらっている男だ。以前に一度だけ対面したことがあったアンナは、その細面を忘れてはいなかった。助けられたと思ったら、新たな敵だったなんて・・・・・
(ああ・・・・・・・どうしたらいいの!?)
アンナの心に絶望が広がる。
青い髪の男がダブルセイバーをかまえ直すと、残った男たちは、一目散ににげて姿を消してしまった。
「フガフガフガガー!」
「いいザマだな、ノイシュ」
男は、ぐるぐる巻きにされたノイシュにさらりと言うと、アンナを見上げて言った。
「ここで会ったが100年目・・・・・と言いたいところだが、今日は、おまえたちに用はない。後は、自力でなんとかするんだな」
「ちょっと!クラトスのところへ行くつもりね?」
「だとしたら?」
そう言って、男は、しばしアンナの反応を待った。その視線はどこかクラトスに似ているが、彼よりもずっと乾いて悲しい。アンナは、そう思った。
アンナが何か言おうと口を開いた時、森の奥から、大きな体のするどい目をした男が現れた。
「ユアンさま。やつのアジトが知れました。いかがいたしましょう」
「そうか。今すぐに焼きはらえ。跡形もなく・・・・・な」
「なんですって?」
焼きはらえ。男は確かにそう言った。アジトとは、二人が身を寄せている小屋にちがいない。アンナは、必死になって懇願(こんがん)した。
「やめて!お願い!!」
しかし、大きな体の男はアンナの声が耳に入っていないのか、ユアンに頭を下げると、そのまま森の奥へ姿を消した。
「・・・・・さて、と」
ふり向いたユアンが、すばやい動きでアンナを指差した。きれいにそろった5本の指で。
きらり、と直線を描いて何かが光り、ひゅっとアンナの頭上を通過する。ぷつりと大きな音がして、アンナは急降下した。
「きゃあああっ!」
どすん。いきなり地面に落とされたアンナは、思いきりしりもちをついた。
「いたた・・・・・」
体に受けた衝撃(しょうげき)で、くらくらと目まいがする。しかし、アンナは、必死であみから抜け出すと、ユアンの前に立ちはだかって言った。
「残念ね。彼は、ここにいないわ。わたし、もう、彼とは別れたんだから。家を焼いても、どんなに待っても、彼には会えませんからね」
アンナは、全身の勇気をかき集めてそう言った。なんとしても、ユアンを彼に会わせたくなかった。
ユアンは、だまってアンナを見ていたが、突然、おどろくほど軽い身のこなしでアンナのうでをつかみ、静かに言った。
「そうか。では、本当かどうか確かめよう。来い!」
「え・・・・・きゃあっ!」
アンナと父様-長いお話『愛を運ぶ風』 |