愛を運ぶ風

5、


(わたし、これから、どうしたらいいのかしら・・・・・)

アンナは、暗く冷たい牢の中で、ぐったりと横たわるノイシュをなでながら、ぼんやりと考えていた。

(彼は、わたしの無事を確かめるために、あっさりとつかまって来るだろう。そして、わたしを助け出して、二人でにげるんだわ・・・・・)

だいじょうぶ。彼は、とても強い。

今までだって。そして、これからも。

自分は、待っていればいい。

おとなしく、ここで・・・・・・・・・

安心したアンナは、ノイシュによりそって寝そべると、うとうとと眠りに落ちていった。



ガシャン!

冷たく重い鉄の音がひびいて、アンナは目を覚ました。ガチャガチャとこすれるヨロイの音と、ばらばらと歩く数人の足音が地下にひびく。

何が起こったのだろう?

あわてて身を起こしたアンナが鉄のさくにつかまって外を見ると、先頭を歩いて来たディザイアンが、アンナの目と鼻の先で立ち止まった。

「な・・・・・なに?」

アンナが身を引くと、ディザイアンは無表情のままガチャリとカギを開けて、とびらを開いた。

「仲間が増えたぞ」

とびらを開いた男が一歩横へずれると、その後ろに、二人のディザイアンが立っていた。ディザイアンは、ぼろきれのように傷だらけで血まみれの男を引きずっていた。大きな体の、赤毛の男・・・・・・・・・

「クラトス!!」

アンナは悲鳴を上げた。まちがいない。彼は、クラトスだ。

(・・・・・・・・・なぜ?)

(なぜ、こんなことに!?)

(こんなはずでは・・・・・・・・・・・・・!!)

アンナがショックで動けないでいると、ディザイアンは、クラトスの髪を引きずって牢の中へ入り、その体をアンナの目の前に放り出した。

「クラトス、クラトス?・・・・・ああっ!!」

アンナは、うつぶせて横になった顔をのぞきこんで言葉を失った。クラトスの顔は、目も当てられないほどあちこちはれ上がり、どこが目で、どこが鼻かも分からない状態だった。

何倍にもふくれたくちびるの合間から、ひゅうひゅうと荒い息がもれる。ふいに、クラトスがはげしくせきこみ、大量の血をはいた。

(いけない・・・・・!)

外傷だけでなく、内部も傷ついているのだ。アンナは、すぐにクラトスの姿勢を変えて、血で呼吸がふさがれないようにした。

うす暗い牢の中ではよく分からないが、これだけの傷を負って意識がありながら、痛みで身をちぢめることをしないで、力なく手足がたれているところを見ると、骨がくだけたか、筋が切れているのかもしれなかった。どこから手をつけたらいいのか分からない。それほどの重傷だ。

「ああ・・・・クラトス・・・・・クラトス・・・・!!」

後悔する時間も、泣きさけぶ余裕もなかった。アンナは、クラトスの胸に手を当てて、自らのマナを送った。

「・・・・・別れた男に、未練はあるまい」

いつの間にか現れたユアンが、冷たい口調で言った。

「・・・・・あなたの目的は、一体、なに?」

アンナは、顔を上げずに言った。

「貴様が知る必要はない」

ユアンはバカにしたように言い、勝ちほこった口調で続けた。

「そいつは、私の申し出をけった。本来ならその場で殺しても良かったが、せめてもの情けで、明日になったら、二人一緒に殺してやろう。感謝するんだな」

「・・・・・いやよ」

「なに?」

「彼と一緒に死ぬのは、いやだって言ったの!」

アンナは、そう言ってユアンを見上げた。正面から視線が合うと、ユアンは、そこに何を見つけたのか、突然、目を見開いて息をのみ、よろりと後ずさった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・マー・・・・・・・・・・テル・・・・・・・・?」

ガシャン!ユアンの背中が鉄格子に当たる。ユアンは、いまいましげに顔をゆがめると、クラトスに向かって言った。

「処刑だ!明日になったら、貴様たちは終わりだ。共に死にたくないのなら、余計な手助けはやめるのだな!」

ユアンは、そう言い残して牢を去った。

「まー・・・・・てる・・・・・・・・?」

なんのことだろう。どこかで聞いた覚えのある言葉だ。しかし、今のアンナは、クラトスの命を救うことで頭がいっぱいで、すぐにその言葉を忘れてしまった。


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