愛を運ぶ風

11、


意識をとりもどしてからのクラトスの回復はめざましかった。バートの診断で、動かない左手足は、単純に骨が折れただけだと知ったアンナは泣いて大喜びし、ますますはりきって木こりに精を出すようになった。

アンナに与えられた課題、『愛を運ぶ風』は、精霊ではないとクラトスが説明すると、アンナは、ひとしきりがっかりしてから、そんなことを知ってるなら、これからは、クラトスも一緒に考えて欲しいと言い出した。寝てるばかりじゃヒマでしょうと、どこかつっけんどんに言われて、クラトスは断れるはずもなかった。

クラトスの回復を待ちながら、ユアンの出したなぞを解こうと努力する。そうしているうちに、いつの間にか約束の日は過ぎ、それから、さらに10日ほどたっていた。


「『愛を運ぶ風』・・・・・・・・・・・ねえ」

アンナは、そんなものあるわけない、とでも言いたそうな覇気(はき)のない様子でつぶやいた。

「なんだろうねえ・・・・・」

アンナのわきにぴったりとくっついたノイシュが、長い耳を風にはためかせて言った。

「なんなのかしらねえ・・・・・・・・・・」

アンナは、眼下に広がる平原と、その向こうに見える海原を見て、深いため息をついた。精霊説が消えて以来、一向に新しい発見がないのだ。街で文献(ぶんけん)を調べることも考えたが、アンナは字が読めないので、学問に通じるクラトスがいないと、どうしようもなかった。

そもそも、最初からヒントが少なすぎる。せめて、ユアンの目的が分かれば、なんとかなるかもしれないのに・・・・・アンナは、最後に会ったユアンの顔を思い出していた。

「まー・・・・・・・・・・・・てる・・・・・・・・・」

ふいに、ユアンの言葉が頭をよぎる。それを口に出して、アンナは首をかしげた。

「マーテル・・・・・・・・・・・・」

「マーテルが、どうしたの?」

ノイシュも一緒になって首をかしげる。

アンナは、空を見上げて言った。

「うん。ユアンさんが言ってたの。マーテルって、女神マーテルさまのこと?・・・・・でも、それと、『愛を運ぶ風』と、どうつながるのかしら・・・・・」

「そういえばさ・・・・・・・・・ん?」

何か言おうとしたノイシュが、突然、その場にふせて言った。

「アンナ!ふせて!」

「な、なに?」

そう言いながら、アンナは、すぐにノイシュと同じ姿勢をとる。それから、アンナは、できるだけ小さな声でたずねた。

「どうしたの?」

「見てよ。ほら・・・・・」

ノイシュは、自分たちのいるがけのすぐ下をじっと見ている。アンナも習ってそうすると、ディザイアンが二人、地面にはいつくばっている様子が見えた。思わず悲鳴を上げそうになったアンナは、あわてて息を殺して目をつぶった。

(わたしたちを、さがしに来たんだわ・・・・・・・・!)

どうしよう・・・・・絶対に見つかっちゃダメ・・・・・・・!

じっと岩にとけこむアンナの耳に、風に乗った話し声が聞こえてくる。

「どうやら、この周辺にもありません」

(ない?・・・・・ないって・・・・・わたしたちのこと?)

人を物あつかいとは失礼な男だ。アンナはそう思って、さらに様子をうかがってみる。すると、見覚えのある男が視界に現れた。アンナとクラトスの小屋を焼いた、体の大きな目つきのするどい男だ。

男は、二人のディザイアンにきびしく言った。

「救いの小屋になければ、もう、ここ以外には考えられないのだ。くまなくさがせ!」

「はっ!」

・・・・・何かおかしい。アンナは、すぐに異変に気がついた。彼らがさがしているのは、自分たちではないようだ。その証拠(しょうこ)に、二人のディザイアンと大きな体の男は、まるでアリの子をさがすように、地面にはいつくばって、じっと何かを見つめている。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アンナも、一緒になってじっと目をこらしていたが、彼らは、10分たっても、20分たっても、その場を動こうとしなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何を、さがしているのかしら」

しびれを切らせたアンナが耳打ちすると、ノイシュは、きょとんとして言った。

「指輪じゃないかなあ」

「指輪?どうして?」

「ユアンの指輪だよ。だって、こないだ会った時、指輪、ついてなかったもん」

「どうして知ってるの?」

「よく、ああやって指輪さがしを手伝ったから」

ノイシュは、ふんふんと鼻を鳴らして言った。そうだ。クラトスとユアンは知り合いなのだ。それなら、ノイシュも彼を知っていて当然だ。なぜ、こんな簡単なことに気がつかなかったのだろう?

アンナは、とっさに首に手をやり、皮のひもに通した指輪を取り出して見せた。

「ねえ、ノイシュ。指輪って、これ?」

「あっ!それだよ!なんでアンナが持ってるの!?」

ノイシュが大きな声を上げると、がけの下で低い声がひびいた。

「だれだっ!」

「きゃあっ!」

「アンナ、にげよう!!」

ノイシュは、アンナの服をくわえて引っぱったが、アンナは、反対にノイシュのたてがみを引っぱって言った。

「まって!指輪を返さなくちゃ」

「そんなことしたら、つかまっちゃう!」

「仕方ないわ。指輪を勝手に持って来たのは、わたしだもん。ノイシュ、あなただけはにげて」

「そんなぁ〜・・・・・」

ノイシュがしゅんと耳をたらす。アンナは、その場に立ち上がって、下にいる男たちを見下ろした。

「指輪は、ここにあるわ!」

「なにっ!?」

鉄面皮のような顔をした男が、目を見開いて息をのむ。よほどおどろいだのだろう。男は、すぐにきびしい表情をして言った。

「女!まことの話か!」

「ええ」

そう答えて、アンナは、指輪を下げた皮のひもを高々とかかげた。

「救いの小屋でひろったの。落とし主に返さないといけないと思って持っていたんだけど、ちょうど良かったわ」

そう言って、アンナは、できるだけ堂々と言った。

「これを、ここに置きます。ただし、今、わたしはつかまりたくないの。だから、指輪を返すお礼に、今回は見のがしてちょうだい。交換条件よ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

男は、するどい視線でアンナを見ていたが、すぐに答えた。

「よかろう。交換条件にするまでもない。貴公らの追跡については、うけおっておらぬからな」

「え?どうして?」

もう、約束の日はとうに過ぎてしまったのだ。本当なら、この場で切られても文句は言えないはずなのに。アンナが首をかしげると、男は、顔色ひとつ変えずに言った。

「なにゆえか、それはユアン様がお考えになられることであって、我々の知るところではない。命を受けない限り、我々は、貴公らには手出しできん。それだけの話だ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

今度は、アンナが男を見た。以前にも覚えた違和感(いわかん)を再び感じたのだ。前はまったく分からなかったが、今のアンナは、はっきりと感じて取れた。この男たちは、ディザイアンとは異質なものだ。

「・・・・・あなたたち・・・・・・・だれ?」

「・・・・・・・それは、貴公らには関係のない話だ」

そう言って、男は、その場を動いた。指輪を取りに来る気だ。ノイシュは低くうなって後ずさったが、アンナは、その場を動かなかった。 もう、男に対する恐怖(きょうふ)はなかった。今、彼女の心にあるのは、ただ、山のように積もった疑問だった。

山道をのぼって来た男が、アンナの前に立って言った。

「指輪を返してもらおう」

「・・・・・どうぞ」

アンナは、指輪を差し出して言った。

「サイズの合わない指輪を無理につけるのはやめた方がいいって言っておいて。これ、良かったら、ひももあげるから。・・・・・ユアンさんに・・・・・・・・・・ごめんなさいって伝えて」

「・・・・・・・・・なにゆえか?」

男が静かに問う。アンナは、うつむいて言った。

「だって、こんなに必死にさがしているんですもの。指輪も、古いのにぴかぴかだし・・・・・とても大事な物なのね。・・・・・森で会った時、わたしたちに用はないって言ってたから、もしかしたら、指輪をさがしていたのかもしれないわ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・その言葉、しかと伝えよう」

そう言って、男は、アンナが見たこともないほど低くおじぎした。

「・・・・・・・・・感謝する」

「あ、あの・・・・・」

アンナが声をかけると、去ろうとした男が立ち止まった。

「ユアンさんの目的は・・・・・?」

おずおずと言うアンナに、男は、こう答えた。


真の平和、と。


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