みんなの聖☆バレンタイン

11、クラトスへ

クラトスが宿屋にもどったのは、すっかり日もくれたころだった。

あれからリフィルは なみだがかれるのではないかと思うほど泣き続け、泣きやんだと思ったら、次には強引にチョコを手わたして、なぜか説経を始めたのだった。

クラトスの戦い方がどうだの、勝ちセリフに気合いが足りないだの、一体、なにが言いたいのか、今ひとつよく分からなかったが・・・・・・・・・・・

(結局、アンナには会えずじまいだったな・・・・・)

そっと部屋に入ってみると、ロイドはすでにベッドの中で気持ち良さそうにねむっていた。

彼のまくらもとに、アンナのフィギュアが置いてある。

クラトスは、声をひそめて人形に語りかけた。

「・・・・・アンナ。もどって来ているのか?」

しかし、返事はない。

あたりを見まわすと、テーブルの上に置かれた箱が目にとまった。深い青色の包み紙に、まっ赤なリボンがあざやかにはえる。

「・・・・・?」

近づいてみると、箱のわきに小さなカードがそえられていて、そこに「クラトスへ」と書いてあった。まちがいなく、アンナの字だ。

クラトスは、急いで箱を手に取って、リボンをほどいた。

「これは・・・・・・・・・・・」

箱の中には、あまい物が苦手なクラトスのためにアンナがあみ出した彼女オリジナルのおかし「まずいガトーショコラ」(命名:アンナ)が入っていた。

それは決してまずくないのだが、クラトスの好きな味を出すためにお酒は使わず、チョコのにがみを強くしてあるので、アンナは、味見のたびに「まずい」と言っていた。

彼女が生きていたころは、お茶の時間によく出された定番のおかしだったが・・・・・

(・・・・・どうやって、これを・・・・・?)

クラトスは、ガトーショコラをじっとながめて考えた。

アンナが生きているならまだしも、今の彼女は、元気とはいえ、肉体を持たない身だ。

どうやって、これを作ったのか・・・・・

コンコン・・・・・・・

「・・・・・・・・・・?」

静かにドアがノックされ、ゆっくりと開いた。顔をのぞかせたのは、リーガルだった。

「クラトスどの・・・・・失礼する」

「・・・・・なんの用だ?」

クラトスが言うと、リーガルは、カップの乗ったおぼんを手にして部屋の中へ入って来た。

「クラトスどのが帰ったら紅茶を入れてくれと、アンナどのから たのまれていたのだ」

「・・・・・・・・・・?」

クラトスは、思わずリーガルをにらみつける。

殺気を感じたリーガルが、あわてて説明した。

「いや・・・・・誤解されてはこまる。アンナどのは、今日、あなたの好きだというその焼き菓子を作りたいために、私の体を借りただけなのだ」

「・・・・・なに?」

寝耳に水とはこのことだ。まったく想像もつかなかったアンナ失踪(しっそう)の理由を知って、クラトスは、あさはかだった自分をはじた。

リーガルはテーブルの上に紅茶を置くと、イスをすすめながら続けた。

「彼女は、今日はずっと姿を見せていたため、相当のマナを消費してかなりつかれたそうだ。ついさっきまで貴殿の帰りをまっていたのだが、姿を保つのがむずかしくなったというので、今ごろ、フィギュアで休んでいるはずだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「まこと、アンナどのには感服する。すばらしい女性を妻とされて、あなたは幸せだな」

そう言って、リーガルは部屋を出て行った。

あとに残されたクラトスは、湯気をたてる紅茶とケーキをながめながら、今日一日のアンナの努力を思った。

彼女は、だれかが喜ぶ顔を見るのが大好きだった。そのためなら、どんな努力も平気だった。

クラトスは、そうしてはりきるアンナの笑顔を見ているのがとても好きだった。

(・・・・・今回は、見そこねたな・・・・・)

しかし、彼女にしてみれば、してやったりなのだろう。

なにしろ、こっそりと人をおどろかせるサプライズが大好きなのだから・・・・・

クラトスは、ていねいに両手を合わせて感謝をあらわすと、ケーキを一口ほおばった。

「・・・・・・うまいな」

味は、なつかしい昔のままだったが、なめらかな食感や生地のきめの細やかさは まるでプロが作った売り物のように上手で、クラトスは思わず苦笑した。

(なるほど・・・・・ロイドでなく、彼を選ぶわけだ)

リーガルは料理の達人だ。はじめは、なぜ、息子のロイドでなくリーガルの体を借りる必要があるのか疑問だったが、それも、アンナの考えがあってのことだったのだ。

(明日になったら、礼を言わねばな・・・・・)





クラトスは、明るくなってから彼女にかける言葉をさがしながら、もう一口、ケーキを口に入れた。




おわり
20050214

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