6、
クラトスは、昏々(こんこん)と眠り続けるアンナの傍らに座りこんで、延々とその顔をながめていた。
自分がいるのは夢だと理解してから、クラトスは、周りの状況を自由に作り変えられると知った。自分が望めば、全てがその通りに実現するのだ。クラトスは、アンナの体の傷を消し、しゃれた服を着せてやり、二人が現実に住んでいる小屋を呼び出して連れ帰った。
しかし、彼女の目を覚ますことだけは、かなわなかった。
クラトスは、白すぎるアンナのほほに赤みが差すことを願いながら目覚めを待った。
「アンナ・・・・・目が覚めたら、おまえは何を話すのだろう・・・・・・・・・それを聞くのは 少しばかり恐ろしい気がするが・・・・・。私は言おう。目が覚めたばかりで悪いが、これも夢なのだ。もう一度寝て、次は現実で目を覚ませ・・・・・とな」
自嘲的(じちょうてき)な笑みを浮かべて言いながら、クラトスは、荒れた手で彼女の肌を痛めないように、指の背で何度も何度もほほをなでてやる。
しばらくして、アンナの喉(のど)から小さな息がもれた。見ると、瞼(まぶた)が、かすかに震えている。
「アンナ!?」
クラトスが顔をのぞきこむと、静かに動いたまつ毛の奥から、茶色の瞳がそっとのぞいた。
「アンナ・・・・・無事か?」
無事であるはずはない。それを知りつつ、クラトスは、そう聞かずにはいられなかった。
「・・・・・・・・・・・どうした?」
クラトスは、再会したアンナが笑ってくれると思っていた。しかし、アンナは、無表情のまま ぼんやりとクラトスを見ており、不意にパッと目を見開くと、ものすごい悲鳴を上げてクラトスをつき飛ばした。
「・・・・・・・・・・アンナ!?」
不意をつかれたクラトスがよろめくと、そのスキをついたアンナは、毛布をかぶったままベッドから転げ落ち、そのままベッドの下に潜り込んでしまった。
「アンナ、もう大丈夫だ。私たちは帰って来たんだ」
クラトスがベッドの下をのぞきこむと、震える毛布の塊が見えた。
「・・・・・アンナ・・・・・私がついている。何も心配するな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あなたは・・・・・・・・・・だれ?」
「なんだと?」
毛布の中で響いたアンナの声は、クラトスが初めて聞く冷たさを含んでいた。これは、ただならぬ様子だ。そう判断したクラトスは、出来るだけ穏やかに、極力なだめるように言った。
「アンナ・・・・・私だ。クラトスだ。・・・・・おまえは夢の中で混乱しているだけだ。・・・・・・落ち着いて、全てを取り戻せ」
しかし、アンナはガタガタと震えるばかりで、返事をしなければ、身動きひとつしなかった。
「アンナ・・・・・・・・・・」
(なんということだ・・・・・・・・)
クラトスは、震える息を吸い、長く長く吐き出した。
外は、いつの間にか雨になっていた。
「・・・・・・・帰らなくては・・・・・・・・・・・帰らなくては・・・・・・・・」
ぶつぶつとアンナがつぶやく。すると、周りの風景がどろりと溶けて、辺りは再び真っ暗になった。
「アンナ!!どこへ行こうというのだ!私から離れるな!!」
闇の中へずぶずぶと沈む白い姿を見つけたクラトスは、とっさに細い腕をつかんで自らに引き寄せた。夢の中だというのに、やせた身体の感触がじわりと胸に伝わる。
「・・・・・くそっ!!」
行かせるものか。クラトスはアンナを抱きしめたまま、ひとつの光景を必死に思い浮かべた。
「アンナ・・・・・行くな・・・・・・おまえは、私が護る・・・・・!!」
アンナと父様-長いお話『月夜の闇の雨の詩』 |