月夜の闇の雨の詩

2、


「クラトス、ノイシュ、おかえりなさい♪」

帰宅した二人を迎えたアンナはご機嫌で、その笑顔にかげりはなく、むしろ、喜びで いっぱいに輝いているように見えた。

あれはノイシュの思い違いだったのだろうか?クラトスはそう信じたかった。 しかし、ノイシュは偽りを口にする生き物ではない。それは、クラトスが 一番良く知っている。だとすれば、真実を曇らせているのは、アンナ自身ということになる。

「クラトス、どうしたの?大丈夫?」

「あ、ああ・・・・・すまない。考え事をしていた・・・・・・・・」

「ふふ♪めずらしいわね。今日は、たくさん山菜をとって来てくれるし」

「・・・・・雨続きだからな」

クラトスは、そう言ってから密かに恥じた。気もそぞろで、必要以上に大量の山菜を持ち帰った ことを言い逃れようとする自分を。そして、雨という言葉を使ってしまったことを・・・・・・

しかし、アンナは、クラトスの心配を吹き飛ばすかのように明るく笑った。

「なあに?どうしたの?今の時期は食べ物の足が速いから、毎日とりに行く必要があるって言ってたのに」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

クラトスは、床に向かって声にならない言葉を飲みこんだ。

「でも、ちょっと、うれしいな・・・・・・」

アンナは、受け取った山菜をテーブルの上に広げて仕分けながら言った。

「これだけあれば、明日は、山菜をとりに行かなくてもいいわよね?」

「・・・・・?・・・・・あ、ああ・・・・・そうだな・・・・・・・」

「フフフ♪」

アンナはそれ以上は何も言わず、満面の笑みを浮かべてクラトスを見た。

「・・・・・・・・・・・・何だ?」

「ううん。うれしいなって思って♪」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

アンナの話は実に分かりづらい。論点があちこち飛ぶ上に主語がないのだ。人の心を察して気持ちを量るなど意味のない時代を長く生きてきたクラトスは、元来の頑固な性格も重なって、アンナが何を考えているのか、全く理解できなかった。

クラトスがじっとアンナの様子をながめていると、アンナは、少しはにかんで、下を向いて、小さな体をもじもじと動かして言った。

「・・・・・ねえ、あの・・・・・今日も・・・・・夜になったら、お出かけ・・・・・・・する?」

「・・・・・・・・・・!?」

クラトスは、とっさに視線をそらした。クラトスは毎日、夜になると剣の稽古(けいこ)をするために小屋を空けている。月夜の晩も、雨の日も・・・・・・・・

しかし、今は、何を、どう対応すれば良いのか。

クラトスが戸惑い、言葉を失っていると、それを肯定と受け取ったのか、視線の端で、アンナの笑顔がふにゃりと崩れた。

「・・・・・・・・・・・そう・・・・・・・・・・無理しないでね・・・・・・・・・・・」

そう言って、ゆっくり息を吸いこんで、アンナは言った。

「雨がひどくなったら・・・・・おそくても、気にしないで帰って来てね・・・・・・・・・・・・・」

それは、懇願に近い、震えた、消え入るような声だった。しかし、クラトスには、全てを受け入れた、あきらめの声にしか聞こえなかった。


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