月夜の闇の雨の詩

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それから数刻が過ぎて辺りがすっかり闇に包まれても、一向に雨が止む気配はなかった。 クラトスは、アンナに気づかれないように小屋に戻り、小屋の裏側にある小さな窓の下に座りこんで、時が流れるのをじっと待っていた。

小屋の中にはノイシュがいる。今夜も彼が自分の代わりをしてくれるだろう。もし、またアンナが夢でうなされるようであれば、すぐにかけつけて目を覚ましてやれば良い。幸い、この窓辺に立てば容易に部屋の様子を知ることが可能だ。

問題はない。何も。

クラトスがそう自分に言い聞かせた時、突然、小屋の中で悲鳴が上がった。アンナだ。

「どうした!!」

クラトスが部屋に飛びこむと、ベッドに横たわるアンナの上にノイシュが覆いかぶさっているのが見えた。

「ノイシュ!何をしている!?」

「クラトス!助けて!アンナが!!!」

「何っ!?」

見ると、ノイシュは、もがいて暴れるアンナを全身で押さえつけているのだった。

「やめて!いやあああっ!!」

「アンナ!どうした?アンナ!!!」

クラトスが声をかけたが、アンナは正気に戻るどころか、泣きじゃくって悲鳴を上げ続けた。

「夢を見ているのか!?」

「多分!起きてるアンナが、こんなことするわけないもん!!」

これまでに一度も見せたことのない苦しみに満ちた表情でのどをかきむしろうとするアンナの胸元に、ノイシュが顔をつっこんで阻止しようとする。

「アンナ、アンナーッ!!起きてってばーっ!いたたたっ!」

顔をたたかれ、引っかかれ、毛をむしり取られても、ノイシュはその場を動かない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」

クラトスは、壮絶な光景を目の当たりにして茫然と息をのんだ。

「父さん!!母さんー!!!」

顔をゆがめたアンナが、大きく口を開けて舌を出した。瞬間、クラトスの背筋が凍りつく。

「アンナ!!よせっ!!!」

クラトスは、とっさに腕を伸ばしてアンナの口の中へ乱暴に指をつっこんだ。 刹那、猛烈な痛みがクラトスを襲う。

「・・・・・くっ・・・・・・!!」

「クラトス!?大丈夫!??」

「・・・・・私は・・・・・な・・・・・・」

「んぐ・・・・・・・・・んぐんぐ・・・・・・・・・!!」

指でふさがれた小さな口の端から鮮血がしたたり落ちる。それは、アンナに指の肉を食いちぎられたクラトスのものだった。アンナは、自らの舌をかみ切ろうとしたのだ。

この事態は異常だ。手荒い処置もやむをえない。そう判断したクラトスは、素早く手袋を外してアンナの口に押しこむと、ノイシュに向かって怒鳴った。

「ノイシュ。私がこれをおさえる。おまえはロープを持って来い!」

「う、うん!」

(・・・・・・一体、何が起こっているんだ・・・・・?)

クラトスの心は激しく動揺して、訳も分からず叫びたい衝動にかられる。しかし、彼の思考はどこまでも冷めていた。

彼女は、今、死の影に覆われている。

クラトスは、これまで数え切れないほど多くの死にゆく人間を見てきた。生きたくても無残に殺される人間。絶望の果てに自らの命を絶つ人間。アンナの叫びは、もう二度と聞きたくないと願った、死に行く人々の声と全く同じだった。

(・・・・・・・・・・・・なぜだ・・・・・・・・・・・・なぜなんだ・・・・・・・・!!)

「アンナ!なぜだ!!いい加減に目を覚ませ!!!」

「クファフォス!フォッヘフィファ!(クラトス、持って来た!)」

ノイシュがロープをくわえて戻った。クラトスは素早くそれを受け取り、アンナの体を毛布でくるむと、その上からロープでしばり上げて身動きが取れないようにした。

「んぐぐー!んぐーっ!」

二度と舌をかめないように口の中に手袋がつっこまれたアンナの姿は見るも哀れだった。ロープでしばられ、動かない舌の奥でうなり、顔をゆがめたアンナの閉じた瞼(まぶた)から、ぼろぼろと大つぶの涙がこぼれ落ちる。

クラトスは、よろよろとひざをつき、放心したまま、震える手を伸ばしてアンナのほほに触れた。

「・・・・・アンナ・・・・・目を覚ませ。おまえは、夢を見ているのだ・・・・・・・・」

「アンナー。早く帰って来てよぅー・・・・・」

ノイシュがくんくんと鳴く。

(・・・・・・・・・なぜだ。なぜ、目を覚まさない・・・・・・・・・)

クラトスは、あせりを感じ始めていた。これほど乱暴に扱っても一向に目を覚まさないのは何故なのか。単に眠っているだけなら、揺さぶる程度で気がつくはずだ。

嫌な予感がする。

クラトスは、アンナのほほをたたいて彼女を呼んだ。

「アンナ!起きろ!・・・・・・・頼む。目を覚ましてくれ!!」

瞬間、ぐらり、と世界がゆがんだ。

「・・・・・・!?」

気がついた時には、クラトスは闇の中へ落ちていた。


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