月夜の闇の雨の詩

1、


「あのさあ、アンナって、雨が苦手なんだよねえ」

出しぬけに、ノイシュがそう言った。

「・・・・・なんだと?」

クラトスは、山菜をつむ手を止めてノイシュを見た。

普段、話を聞き流すことの多いクラトスが手を休めて反応するのは珍しい。何の脈絡もなく、突然ふられた話題についていけなかったのもあるが、自分が知っていて当然な話を、初めて耳にしたので驚いたのだ。

アンナは、雨が苦手。

クラトスは、彼女の口からその話を聞いたことは一度もなかった。そのような素振りすら見たことがなかった。ノイシュの話は、まったくの寝耳に水だった。

なぜなのだ。

「・・・・・・・・・それで?」

軽い衝撃を覚えながら、クラトスはできるだけ落ち着いた様子で先をうながしたが、ノイシュは、そんなことにはお構いなしで、空からボロボロと落ちてくる水をながめて言った。

「・・・・・でさ。いいかげん、代わってくれないかなあ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・何をだ?」

まったく話が読めず、イラついたクラトスがあせる気持ちを落ち着けようと前髪をかき上げると、それまで樋(とい)の役目をしていた髪がなくなったので、降り続ける雨が、直接、彼の顔に当たり始めた。

ひたいやほほを打つしずくの冷たさが、熱くなった心をゆっくりと静めていく。クラトスは次の言葉を待ちながら、目についた木の実やキノコをつみ続けた。

しかし、ノイシュは、クラトスの知りたいことには触れないで、どんどん話を進めていった。

「だいたい、おかしいじゃん。クラトスがいるのに、ボクがキミの代わりって・・・・・・・・・・」

「ノイシュ。悪いが、話が理解できない。おまえが私の代わりに何をしているのか、そこから説明してくれ」

いい加減、腹にすえかねたクラトスがそう言って、ようやくノイシュは、ああ、と、鼻を鳴らした。

「・・・・・アンナがね、雨が降ると、ぶるぶる震えて、ボクのお腹にもぐって眠るんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

「それで、めちゃくちゃ寝相が悪いんだよ。あちこちけられるし、 ゆうべなんか、思いきり足にかみつかれてさあー。きっと、良くない夢を見てるんだ。 それなのに、起きたら何も覚えていないんだ。もう、さんざんだよー」

ノイシュは、ぬれた体をぶるぶる、と震わせて、派手に水気を飛ばした。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それで?」

クラトスが問うと、今度は、ノイシュが首をかしげた。

「それでって・・・・・・・話は、もう終わったよ?」

ノイシュはあっさりとそう言ったが、クラトスは深刻な面持ちを崩さなかった。ノイシュは、自分が言いたいことを話し終えただけだ。それが話の全てではない。

きょとんと目を丸くしてクラトスの言葉を待つノイシュは、おそらく、これ以上の何も知らないのだろう。アンナは、知られたくないことは決して口にせず、おくびにも出さない性格だ。

その彼女がノイシュに助けを求めたのだ。おそらくそれは、たまらずそうしたのだろう。それほど雨が苦手なら・・・・・・・・

・・・・・・・・なぜ、私にすがらんのだ。

クラトスは、むしゃくしゃする気持ちを隠すことが出来ずに荒い息を吐いた。 しかし、乱れる心と裏腹に、冷めた声が頭に響く。


言いたくない理由があるのだ。

自分にだけは、知られたくないのだ。

ならば

そっとしておいてやるのが良かろう・・・・・



このまま・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



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